松井亜弥脚本家。主にアニメの脚本・シリーズ構成を | Aya MatsuiScreenwriter. She is mainly in charge of anime scripts and series composition. Her major works include “Pokémon Diamond & Pearl,” “Animal Crossing the Movie” and “Tamagotchi!” |
レイトン教授と | Professor Layton and the |
伝説の不老不死王国「アンブロシア」をイメージして作られたといわれる、クラウン・ペトーネ劇場。 オズロ・ウィスラーは、不思議な楽器「デトラガン」を奏でた。 | Oswald Whistler |
舞台では「アンブロシア」女王に扮したジェニスによるオペラが上演された。 研究室で、アンブロシアの伝説について語るシュレーダー博士とレミ。 | On stage In |
劇場は巨大な船「クラウン・ペトーネ号」となり、謎の航海を始めた。 | |
レイトン達は、救命ボートに乗ってクラウン・ペトーネ号から離れた。 レイトン達が乗ってボートは、謎の無人島にたどり着いた。 | Layton’s group boarded Layton’s group |
無人島の砂浜で遊ぶ、ルークと少女。 レイトン達に、突然どうもうなオオカミが襲いかかった。 | Luke and Suddenly, ferocious wolves attacked Layton’s group. |
急ごしらえの小型ヘリコプターで、レイトン達は黒い城を目指した。 | Inside |
黒い城の部屋で、少女と語るレイトン。 ウィスラーにメカをかぶせられ、ルークは激しく抵抗した。 | Inside Covered |
デトラガンの奏でるメロディーに合わせて、美しい歌声がこだました。 | Alongside |
レイトン教授と永遠の歌姫 | Professor Layton and |
◆主な登場人物◆
レイトン教授···本名、エルシャール・レイトン。考古学を専門とする大学教授で、ナゾをこよな く愛する。自他ともに認める英国紳士で、「英国紳士としてはね」が口癖。 ルーク···本名、ルーク・トライトン。レイトンを尊敬しており、「レイトンの一番弟子」を自称す る英国少年。 レミ···本名、レミ・アルタワ。アジア系の美女。レイトンの助手で、レイトンをデータ面で助け たり、ピンチの時に助けにきたりする。 ジェニス···本名、ジェニス・カトレーン。有名なオペラ歌手。かつてはレイトンの教え子だった。 オズロ・ウィスラー···ロンドン有数の大富豪。10年前は有名なピアニストだったらしい。 ミリーナ・ウィスラー···ウィスラー家の一人娘。病気療養中であったが、1年前に病気が悪化し て死去。享年22歳。 デスコール···本名、ジャン・デスコール。レイトンの宿敵となる男。ナゾに包まれた科学者。 |
◆ Main Characters ◆Professor Layton… Full name, Hershel Layton. Luke… Full name, Luke Triton. Emmy… Full name, Emmy Altava. Janice… Full name, Janice Quatlane. Famous opera singer. Oswald Whistler… One of the richest men in有数・の 大富豪 Melina Whistler… Descole… Full name, Jean Descole. |
♪
水面に浮かんだ 星の光たちはうたう この心はあなたの胸 寄り添いつづける
木漏れ日きらめく 森の雫たちはうたう この瞳はあなたの夢 見て眠るだろう
深い水の底 沈む命たち数えて いつかはこの願いが届くことを信じる |
♪
This soul continues
These eyes shall
Count |
今は永遠の静けさだけたたずませて 愛する者の涙…海に変わる
千夜の彼方に あなたが微笑む日が来るのなら もう二度と泣くことはない…
千夜の彼方に あなたと出会える日が来ることを 夢に見て この歌をうたおう |
Now let only
Beyond If Never again
Beyond See Let’s sing this song |
愛する人の笑顔に再び出会える 遥かな時の向こう 約束信じて
空がつながる 未来にあなたはいるから 想いに導かれて いまあの日に還る…
あなただけに捧げる涙は 尽きることなく あなただけを想い続けて眠る… |
On the other side・Opposite side, other side, opposite direction Believe
Because you exist in Guided by thoughts Now come back to that day…
|
愛するあなたを想い続けて 眠るよ 今 ……
♪ | Continuously thinking Now ……
♪ 14 |
———ロンドン・現在─── | ——— London・Present ———15 |
☆ ジェニス・カトレーン
鳴り響く拍手の音が、私を現実に引き戻した。 明日開催される公演のリハーサル…。 ここがロンドンに作られたばかりのオペラハウスであることを思い出した後も、私はまだ、『たっ た今目の前に広がっていた海は、いったいどこへ行ってしまったのだろう』と、そんなことを考え ていた。
アンブロシア島を優しく包み込み、穏やかな波を打ち寄せる碧い碧い海…
「ミス・カトレーン、なんて素晴らしい歌声なんだ!」 「幻のオペラといわれる『永遠の王国』ほど、このオペラハウスのこけら落としとして相応しい ものはありません!」 「いやー、観客の熱狂ぶりが目に浮かぶようです!」 「何しろ、明日が記念すべき第2回目の公演ということになるのですからな!」 |
☆ Janice Quatlane
Even after
Tenderly wrapping up Ambrosia island,
“Miss Quatlane, what a magnificent singing voice, truly!” “There is nothing more suitable as “No— “After all, it is said |
どうやら賛美であるらしい主催者たちの声も、私の中で響き続けている波の音にかき消されてし まう。 ザザーッ… ザザーッ… 愛する人を想い続けて 永遠に海と陸とを行ったり来たり それはまるで、現実と夢の間を彷徨っている今の私自身のようで…
「Memor ies o f t he me lo dy …」
私はそうつぶやくだけで精いっぱいだった。 『永遠の歌姫』のメロディが、私の中に大切にしまいこみ、鍵をかけていた3年前の『記憶』を開 放するパスワードだったことを悟ったからだ。 それも、映像の記憶ではなく、感情の記憶の…。 ───喜び、悲しみ、哀しみ、痛み… ───会いたくて、恋しくて、せつなくて、会いたくて… |
Apparently Za-zah… Za-zah… Keep thinking In eternity back and forth This
“Memories of the melody…”
It seemed This was because Even so, ───Joy, grief, sorrow, pain… ───I want to meet you, with much longing, heartrendingly, I want to meet you… 17 |
そんな感情が一瞬にして蘇り、私の全身を貫いた。 あまりに激しい感情の波に押しつぶされそうになりながら、明日の公演に『永遠の王国』を選ん だことが、本当によかったのかわからなくなってしまった。 あの時の記憶が私の中で今もまだ、こんなにも広い空間を占めていたなんて…。
作者であるオズロ・ウィスラーさんは、『永遠の王国』を上演させてほしいという私のわがまま な申し出を、快く承諾してくれた。 彼の手紙は暖かい言葉で満ちていた。
『ミス・カトレーン、いや、ジェニスと呼ばせてもらうよ、昔のように。 君があの歌姫を演じてくれる時を、私はどれだけ待ち焦がれたことだろう…。3年前、君が『永 遠の王国』は封印したい、と言ったその瞬間からね。 あの時の君の気持ちは痛いほどわかった。だがね、ジェニス、これだけは忘れないでほしい。私 は、あのオペラを他の誰でもない、君のために書いたのだ。 私にとって、音楽はあくまで神聖な存在だ。人間の心がいかに愚かで壊れやすいものであっても、 |
Such feelings resurfaced in an instant, I was almost crushed by a wave of emotions so intense that I was not sure if it really was a good idea to choose ‘The Eternal Kingdom’ for tomorrow’s performance. I can’t believe that the memory of that time still occupies such a large space in my mind…
The author, Mr. Oswald Whistler, graciously agreed to my selfish request to let me perform ‘The Eternal Kingdom.’ His letter was filled with warm words.
|
音楽だけは決して羽を捥がれ、地に落ちることはない。 君も一緒だジェニス。君は、音楽の神、ミューズに選ばれた天使なのだよ。 どうか、君の演じる歌姫の大きな愛で、ロンドン中の観客たちを包み込んでほしい。 オペラハウスに駆けつけ、君の手伝いができないことがとても残念だ。 愛を込めて オズロ・ウィスラー』
『永遠の王国』は私のために書いた、というウィスラーさんの言葉を、もちろん信じている。 私が歌い、歌い続けていくべきものであることも今は理解している。 これは私にとっての運命。 けれど、このオペラは決して私のものではない。 それも運命。 私はただ、あなたのために歌うだけ。 ね、ミリーナ。 私の親友……。 |
When Mr. Whistler said that ‘The Eternal Kingdom’ was written for me, of course I believe him. I also understand now that it is something I should continue to sing, again and again. This is the fate for me. However, this opera was never mine. That, too, is fate. I only sing for you. Hey, Melina. My best friend… 19 |
私は明日帰るわ、あなたに会うために。 ただ祈り続けることしかできなかった、 レイトン先生と共に過ごした3年前のあの時間へ───
☆ ルーク・トライトン
「グレッセンヘラーカレッジの一室で、なぜにボクはひとりたたずみ、途方に暮れなければならない のか…。うーん、これは大きなナゾだぞ」 レイトン先生の研究室で、ボク、ルーク・トライトンは独り言を言ってみた。 研究室の中は、先生が過去に解いたナゾ、これから解くべきナゾに関するもので溢れかえっている。 「先生はもうすぐ講義を終え、午後のお茶を楽しむためにここに戻ってくるだろう。お湯をポット |
I’m going back tomorrow, to see you. I could only continue to pray, to that time three years ago when we spent time together with Professor Layton───
☆ Luke Triton“Why must I stand alone in a room at Gressenheller University, at a loss… Well, this is a great puzzle.” In Professor Layton’s study, I, Luke Triton, was talking to myself. His study is filled with items related to puzzles that the professor solved in the past, and should solve in the future. “The professor will soon finish his lecture and return here to enjoy his afternoon tea. 20 |
で沸かすのに5分、紅茶のリーフとお湯をポットに入れ、飲みごろになるまでに2分15秒…。もち ろん、リーフはポットの分も忘れず1人前プラスする。そこから逆算して、今ボクが片づけられる ものといえば…」 部屋を見回し、ボクは考えに考えた。 なんていったってボクはレイトン先生の『助手』だからね、考えることには慣れている。 「よーし、これだ!」 机の上に無造作に広げられていた新聞を手に取った。 「ナゾ、解明! 当然だよ、英国紳士としてはね」 なんて、ちょっと先生の口調を真似てみたりもする。 そして、紙面の間に何か大切なものが挟まっていないか確かめてから、きちんと新聞を畳んでま とめた。 たまにこういうところから、置き忘れられたコインが転がり落ちたりすることもあるんだよね。
レイトン先生はボクにとって理想に限りなく近い英国紳士だ。 限りなく近い…という微妙な表現になるのには理由がある。その理由の1つが、先生が片づけが |
“It takes 5 minutes to boil a pot of water, 2 minutes and 15 seconds to put the tea leaves and hot water in the pot and get it ready to drink… Of course, don’t forget to add one serving of leaf to the pot. Working backwards from there, the only thing I can put away now is…” I looked around the room and pondered. After all, I am Professor Layton’s ‘assistant,’ so I am used to thinking. “Alright, this is it!” I picked up a newspaper that was spread haphazardly on his desk. “Puzzle, solved! Of course, that’s what a gentleman does.” In some way, I even tried to imitate the professor’s tone of voice a little. Then, after making sure there was nothing important stuck between the pages of the paper, I folded the newspaper neatly and put it together. Sometimes, a misplaced coin rolls down from a place like this. Professor Layton is as close to an ideal English gentleman as it can get. ‘As close as it can get’… There is a reason for this subtle expression. One of the reasons is that the professor is not good at cleaning up… 21 |
苦手なこと…。 まぁ、いつもたくさんのナゾを抱え、頭の中は考え事でいっぱいの先生だから、仕方ないってい えばその通りなんだけど。 毎日届くナゾトキの依頼や、不思議な手紙や大切な資料の束を、ボクが整理するそばからどこか へ紛れ込ませてしまうのには、さすがにちょっと困ってしまうんだ。 特にこういう新聞紙が危険なんだよねー。レイトン先生、時々資料ごと丸めて屑かごに捨ててし まって気づかなかったりするし…。 『消えた資料のナゾ』っていうのは、そうしょっちゅう解きたいナゾではないんだな、ボクとしては。 だって犯人はわかりきっているんだし…。 「本当にその推理はあたっているのかな、ルーク?」 レイトン先生は時々、『消えた資料のナゾ』を追及するボクに、こう言うんだ。 そんな時の先生は、英国紳士っていうより、ロンドンの街角で石けりをして遊んでいるいたずらっ 子みたいに見える。 目の輝きは一緒なんだけど、背は今よりずっと小さくて、シルクハットもかぶっていなくて、スー ツも着ていない…ただのエルシャール少年が先生にダブって見えてくる。 |
Well, he is a professor with a head always full of thoughts and has a lot of puzzles, so it’s not surprising. He is indeed a bit troubled by the daily requests for puzzles, curious letters, and stacks of important documents that get lost somewhere without my help in sorting them out. Newspapers like this are especially dangerous! Professor Layton sometimes rolls up the entire document and throws it in the wastebasket and doesn’t even notice… The ‘Missing Documents Puzzle’ is not a puzzle that I want to solve very often. Because we all know who the culprit is… “Are you sure your theory is correct, Luke?” This is what Professor Layton replies to me sometimes, as I question this ‘Missing Documents Puzzle.’ In times like this, the professor looks more like a naughty boy playing rock-paper-scissors in a London street corner, rather than an English gentleman. The sparkle in his eyes is the same, but he is much smaller in stature than he is now, he is not wearing a silk hat, he is not wearing a suit… I see just a Hershel boy dubbed ‘Professor.’ 22 |
そして、ボクはエルシャール少年にこう言うんだ。きっぱりとね。 「『消えた資料』…この不可解な事件の鍵を握る人物…」 もちろん、ズバッと指もさす。先生そっくりのポーズでね。 「それはあなただ!!」 って。 思い出しながらつい声に出して言ってしまったら、先生がちょうど戻ってきた。 しまった! 今の声聞かれたかな? 「だ、だから、後はあそことあそこを掃除して…」 必死にごまかしながら、慌ててお茶の支度にとりかかった。 え…と、お湯をポットで沸かすのに5分、紅茶のリーフとお湯をポットに入れ、飲みごろになる までに2分15秒…。もちろん、リーフはポットの分も忘れず1人前プラス…。
「ルーク、この歌を覚えているかい?」 先生の声を聞いてはじめて、先生がレコードを蓄音器にセットしていることに気がついた。 ボクが答えるより、レコードが歌い出す方が早かった。 |
And then, I would say this to the Hershel boy. Once and for all. “The ‘Missing Documents’… The person who holds the key to this mysterious case…” Of course, I also point my finger at him. Pose just like the professor. “…is you!!” As I thought and said it out loud, the professor just came back. Oh no! Did he hear me just now? “S-so, all that’s left to do is to clean that one, and that one…” I hurriedly began to prepare tea, trying desperately to cover it up. Let’s… see, it takes 5 minutes to boil a pot of water, 2 minutes and 15 seconds to put the tea leaves and hot water in the pot and get it ready to drink… Of course, don’t forget to add one serving of leaf to the pot…
“Luke, do you remember this song?” It was only when I heard the professor’s voice that I realised he had set a record on the phonograph. The record sang faster than I could respond. 23 |
歌声が耳に届いた途端全身に電流が走った。 柔らかくて美しくて、美しく…。 「先生、この歌はジェニスさんの…」 今のボクの声、ちょっと掠れていなったか…? 「あぁ…」 レイトン先生が、レコードジャケットをボクに手渡した。 「レコード店のショーウィンドウに飾られていてね。最新のアルバムだそうだ」 ジェニスさんの顔がそこにあった。 唇は微かに笑みをたたえ、ボクではない誰かを見ている。 胸がちょっと痛んだ。 今の痛み…。 3年前と一緒だ。 あの女性に会った瞬間、ボクは恋に落ちた。 相手はボクよりずっと年上の美しい人で…。 その時、ジャケットの中のジェニスさんの胸元にペンダントがかかっていることに気づいた。 |
As soon as the singing voice reached my ears, an electric current ran through my entire body. Soft and beautiful… “Professor, this song is by Ms. Janice…” Is my voice a little hoarse now…? “Ah…” Professor Layton handed the record jacket to me. “It was on display in the show window of a record store. They said it’s her latest album.” Janice’s face was there. Her lips are slightly smiling, looking at someone who is not me. My chest tightened a little. This pain now… It’s just like three years ago. The moment I met this person, I fell in love. She was a beautiful woman, much older than me… It was then that I noticed a pendant hanging on Janice’s chest inside her jacket. 24 |
あのペンダントだ! ジェニスさんが、今もまだそのペンダントを大切にしてくれていることがうれしかった。 「もう、3年も経つんですね…」 ボクの言葉に、レイトン先生が静かに頷いた。 3年か…。 あっという間に過ぎたような気もするし、とても長かったような気もする。 ボクは、少しは成長したのだろうか? 未来の英国紳士に近づけただろうか? あの不思議な事件に出会ってから今日までの間に…。 「おや? これは何だね、ルーク?」 「あ、それは…!」 ボクは慌てた。 手紙の束。さつきポストから取ってきたまますっかり忘れてしなっていたんだ。 「すみません、先生。それはまだ未整理で…」 先生は束の中から、1通の封筒を手に取った。 |
It’s that pendant! I was glad that Janice still cherished it. “Hm, it’s been three years already…” Professor Layton nodded quietly at my words. Three years… It seems like it passed so fast, or it seems like it was very long. Have I grown up a bit? Could I be closer to being the future English gentleman? Between the time we met during that curious case and today… “Hm? What’s this, Luke?” “Ah, this is…!” I was flustered. A bundle of letters. I had taken it from the mailbox and forgotten all about it. “I’m sorry, Professor. It’s still unorganised…” The professor picked up one envelope from the pile. 25 |
一瞬、ボクは既視感を覚えた。 いや、既視感ではない。 3年前もちょうどこんな風に、レイトン先生とボクはジェニスさんからの手紙を受け取ったんだ。 そう、あの不思議な事件は、彼女から届いた1通の手紙から始まった。 そしてこの事件こそがボクと先生が力を合わせて解決する、最初のナゾトキの旅となったんだ── |
For a moment, I had a sense of déjà vu. No, this is not déjà vu. Three years ago, just like this, Professor Layton and I received a letter from Ms. Janice. Yes, that curious case began with a single letter sent from her. And this case became precisely the first puzzle-solving journey in which the professor and I worked together… 26 |
———3年前─── | ——— Three year27 |
* ジェニス・カトレーンからの手紙 「レイトン先生、お手紙です!」 ボクは、流れるような字で先生の名前が書かれている封筒を差し出した。 「誰からだい、ルーク?」 先生はスコットランドヤードから鑑定を依頼された化石の一部を顕微鏡で観察している最中で、 顔もあげずに尋ねた。 「え…と…」 封筒を裏返し、差出人を確かめる。 「ジェニ…ス…カトレーン…」 「ジェニス…」 「せ、先生! ジェニス・カトレーンってまさか、あの、歌手のジェニス・カトレーンじゃぁ」 「───そのジェニス・カトレーンだが?」 当然さ、とばかりに先生が言った。 「だが? ってそんな落ち着き払って。ジェニス・カトレーンっていったら、ロンドンじゅう、いえ、 |
* Letter from Janice Quatlane |
英国じゅうで大人気のオペラ歌手なんですよ! ミストハレリでも彼女のレコードはいつもあっと いう間に売り切れちゃって…」 ボクが大声でしゃべっていたら、レミさんが戻ってきた。 レミさんは、レイトン先生の助手をしている女性で、毎日あちこち飛び回っては先生のナゾトキ のために働いている。 「なんて大きな声。カレッジの正門まで聞こえたわよ、ルーク。で、何が売り切れですって?」 「レコードです。…ってそれはともかく、レイトン先生に歌手のジェニス・カトレーンさんから手 紙が来たんですよ」 「えぇ~~~っ⁉」 レミさんの驚いた声は、正門どころか、ビッグベンの鐘まで届いたんじゃないかと、ボクは思った。 「先生、ジェニス・カトレーンとお知り合いなんですか?」 ボクとレミさんの興奮ぶりに、レイトン先生もついに顔を上げた。 「ジェニスはこのカレッジの卒業生なんだよ…。専攻は芸術学部だったが、いくつか考古学の授業 も選択してね…。熱心で真面目な生徒だった」 先生はペーパーナイフを手に取ると、手紙の封を切った。 | |
手紙に目を走らせた途端ん、レイトン先生の瞳に緊張が走った。 それを見たレミさんの顔も厳しくなった。 「事件ですか?」 手紙を読み終えた先生は、深く息をついてからこう言った。 「事件といえるかどうかはわからないが、とても不思議なナゾであることは確かなようだ」 レミさんは先生から手紙を受け取り、ボクにも聞こえるよう、声に出して読み始めた。
『レイトン先生、お元気ですか? 私は今、とても不思議な出来事に会い、混乱しています。 1年前に病気で亡くなった友人、ミリーナ・ウィスラーが生き返ったのです。しかも、7歳の少 女の姿になって…。 その子は私とミリーナしか知らない秘密なども全て知っていて、本人であるとしか考えられませ ん。 驚く私にミリーナはこう言いました。 『私は、永遠の命を手に入れたのよ、ジェニス』と。 | |
今度、クラウン・ペトーネ劇場で『永遠の王国』という新作オペラの公演があり、私がヒロイン 役を務めます。 レイトン先生、どうか劇場にいらしてください。 先生にこの不思議なナゾを解いていただきたいのです。 敬愛するレイトン先生へ ジェニス・カトレーン』
手紙の内容を理解するにつれ、ボクはわくわくしてきて仕方なかった。 『永遠の命を手に入れた』…だって? そんな不思議な話は、ボクが今まで生きてきた10年という長い人生の中でも聞いたことがない。 レイトン先生と出会ってからのボクの毎日は、驚きとナゾトキの連続だ。 「先生、行きましょう今すぐ! その、クラウン・ペトーネ劇場へ!!」 先生は優しく微笑んだ。 「オペラの公演までは、まだ数日あるようだよ、ルーク」 「え……」 | |
レミさんが、クスクスおかしそうに笑っている。 「ルークったら、慌てんぼうね」 恥ずかしくて赤くなってしまったボクに、レミさんが封筒から2枚のチケットを取りだし、見せた。 「それに…送られてきたチケットは2枚だけ…。1枚はもちろんレイトン先生のものだけど、もう 1枚は……?」 2枚だけって、そんなぁぁぁぁ~~~っ。 「ボ、ボクがお供します、レイトン先生!!」 「でも、先生の助手としては私の方が先輩なんだけどなー」 レミさんは、時々こんな風にボクをからかって楽しむ悪い癖がある。 本当は優しい人だってわかっているのに、ボクがついレミさんの挑発にのってしまうからいけな いんだけど。 レミさんが先輩でボクは後輩。それはまぎれもない事実だ。でも…こればかりは譲れない! だって、ボクは先生みたいな立派な英国紳士になるって決めたんだ。 ミストハレリでのレイトン先生の華麗なナゾトキを目にしたその瞬間からね。 だから、先生のナゾトキを身近で見られるチャンスは、絶対に逃したくない。 | |
ここは何とかして先生を説得しないと…。 そんなことを考えていたら、先生が先に口を開いた。 「レミ、今すぐ『永遠の命』について調査してくれないか。噂話でもなんでもいい。すぐに、とり かかってほしい」 途端にレミさんが仕事モードのレミさんの顔に戻った。 「わかりました、教授!」 素早い身のこなしで研究室を飛び出していく。 さっき帰ってきたばかりなのに、元気いっぱい。 レミさんのこういうところ、ボクは尊敬しているんだよね。
「先生、ボクは…?」 「君には『永遠の王国』というオペラについて調べてもらおう。図書館に行って最近の新聞記事を 探せば、何か出てくるのではないかな」 「は、はい!」 「不思議なナゾであればあるほど、事前の予備知識を持っているにこしたことはないからね。君が | |
オペラを見る時に役立つだろう」 「じゃぁ、ボク、劇場に行けるんですね!」 先生は何も答えなかったけれど、その瞳はにっこりボクを見下ろしていた。
* クラウン・ペトーネ劇場
というわけで、今ボクはレミさんが運転する車に乗って、レイトン先生と共にクラウン・ペトー ネ劇場に向かっている。 「レイトン先生、永遠の命なんて本当に存在するのでしょうか?」 ボクの問いかけに、先生はオペラのパンフレットに目を通しながら答えた。 「まだわからないよ、ルーク。しかし、全てのナゾはクラウン・ペトーネ劇場に隠されているのか もしれない」 |
* Crown Petone Theatre |
パンフレットはレミさんが手に入れてきたものだ。 公演前のパンフレットを手に入れるべらい、レミさんには簡単なことなのだろう。 ボクも早くレミさんみたいに先生の役に立てる助手になれたらいいんだけど…。 「少し、急ぎましょう」 レミさんが、突然ぐっとアクセルを踏み込んだ。 右へ左へステアリングを切り返しながら、次々と前の車たちを追いこしていく。 おかげでボクは大きく揺さぶられ、思わず悲鳴を上げてしまった。 「ちょっと、気をつけてくださいよ、レミさん」 「あなたもレイトン教授の助手になるつもりなら、このくらい慣れておかないとね~、助手、2号 くん」 「助手、2号…くん⁉」 レミさんはまたボクをからかっているんだ。からかわれているってわかってはいるけど、2号な んて言われたら黙っているわけにはいかない。 「ボクは助手じゃありません!!」 思わず叫んでいた。 | |
「あら、ちがうの?」 「ボクは、レイトン先生の『弟子』です! それもただの弟子じゃありませんよ…」 思いっきり人さし指を前に突き出した。 「一番弟子ですッ!」 やったぞ! レミさんを出し抜いた。 でも、その満足感は一瞬だけのものだった。 「ふふっ、それは教授公認なのかしら?」 公認って言われても、今咄嗟に思いついただけだし…。 ふぅ…やっぱりレミさんにはかなわないや。
「レミ、頼んだ調査はどうなっている?」 レイトン先生の言葉で、ボクはレミさんから解放された。 「『永遠の命を手に入れた』と言っているのは、ジェニスさんが言っていた女の子だけじゃないん です。ざっと調べただけでも他に数名…それに伴って、『永遠の命』を取引する怪しい者たちがい る、という噂も、ロンドンじゅうに広まっています」 | |
「『永遠の命』…『永遠の王国』…」 レイトン先生が呟いた。 「『永遠の王国』はオズロ・ウィスラー氏が久しぶりに書きあげた、新作オペラですね」 レミさんが確認するように言った。 しまった、ボクだってそのことは調査済みだったのに。 「オズロ・ウィスラー…ウィスラー…」 ボクは急いでナゾトキ手帳を開き、調査メモの中に求める答えを見つけた。 「ジェニスさんの生き返った親友の名はミリーナ・ウィスラー。オズロ・ウィスラー氏とラストネー ムが一緒です、先生!」 得意げに報告したボクに、レミさんが運転席から親指を立て、ボクに向かってウィンクした。 「よくやった」というサインだ。 ボクはにっこり微笑みを返した。 「ミリーナさんとウィスラー氏は親娘なんだよ」 先生は、パンフレットをボクに見せてくれた。 | |
パンフレットの最初のページに、とてもきれいな女の人の写真が載っていた。 左右対称に分けたストレートの髪に、吸い込まれそうな大きな瞳…。 写真の下にはこう書かれている。 『このオペラを亡き娘、ミリーナに捧ぐ…』 亡き娘……。 こんな素敵な笑顔の人が、今はもうこの世にいない、なんて信じられなかった。 ウィスラーさんは、ミリーナさん自身だと名乗り、永遠の命を手に入れて生き返った…と言って いる女の子がいることを知っているのだろうか。 何気なく次のページをめくったボクは、意外な人との再会にふいをつかれた。 「先生、シュレーダー博士が!」 レイトン先生の恩師であるシュレーダー博士が、ウィスラー氏と握手を交わしている写真が目に 飛び込んできたのだ。 「驚くことはないよ、ルーク。このオペラ、『永遠の王国』はシュレーダー博士が長年調査してい る、不老不死王国『アンブロシア』の伝説を元に作られているんだ」 不老不死王国、アンブロシア? | |
新聞記者なんていいかげんなものだな。図書館で調べた記事に、そんなことぜんぜん書かれてい なかったぞ。 ボクは慌てて、ナゾトキ手帳にアンブロシアの名を記した。 「アンブロシアは、現在発見されているのはその紋章の一部のみ…いまだに正確な場所すらわかっ ていない、ナゾに包まれた王国だ」 メモを書き終えた時、車がちょうど劇場の近くへと滑りこみ、停止した。 車から降りたボクの頬に、潮風がとても冷たく感じられた。 クラウン・ペトーネ劇場は、海の中に建てられた、とても珍しいデザインの建物だった。 「アンブロシアをイメージして造られたらしい」 そう、レイトン先生が説明してくれた。 その時…。 夕暮れが次第に闇へと変化していく中、一斉に劇場の明りが灯った。 眩さと美しさに、ボクも先生もレミさんも、しばらく言葉を忘れ見入っていた。 何だか、現実の景色のような気がしなかった。 まるで、小さい頃に母さんが読んでくれた絵本で見たお城みたいで…。 | |
「いったいどんな伝説なんですか、レイトン先生?」 ボクは尋ねた。 「不老不死王国、アンブロシアの伝説は…」
* アンブロシアの伝説
昔、音楽をこよなく愛する美しい女王が治める王国があった… 女王は、王国の民たちに心から慕われていた。 知性に溢れた決断力と、勇気ある行動力と、天使のような歌声ゆえに… 毎日、女王は民のために歌った。 幸せの喜びの歌を… |
* The Legend of Ambrosia |
♪ 美しいこの国 生まれる命たちは輝いて 暖かな毎日を照らすよ この喜び あなたに伝えるために歌おう この幸せ 永遠に続きますように
民たちは女王から無償の愛を得た。 そして敬愛と忠誠を女王に誓った。 しかし、幸せな時は永遠には続かなかった。 女王が重い病に倒れてしまったのだ。 王国の民たちは必死に女王の病を治す薬を作り続けた。 | |
王国の全ての医師と科学者と祈祷師が集められ、 女王を救おうと力を合わせた。 だが、薬はなかなか完成しなかった… ある夜、女王は残る力を振り絞り、王国の民へ最後のメッセージを歌った。
♪ いつかはまた会える だから悲しまないで はかない命の旅立ち
王国の民も泣きながら、女王を歌で送った。 アンブロシアでは、音楽で気持ちを相手に伝えることが何より尊いこととされていたから…
♪ どうしてあなたは 私たちを残していく | |
この命はあなただけに寄り添い続ける
ついに女王は亡くなり、皮肉にもその直後、薬は完成した。 不老不死の秘薬が。 もう少し早く完成していれば… 王国の民は、女王の死を深く嘆き悲しんだ。 そして、女王が再び生まれ変わるその日まで、自分たちを永遠の存在にした。 完成したばかりの不老不死の秘薬を使って。
♪ いつかはまた会える
女王のメッセージを胸に抱いて。 それほどに女王は愛され、慕われていたのだ。 |
* * * * * |
♪ 千夜の彼方に あなたと出会える日が来ることを夢に見て この歌を歌おう あなただけに 捧げる涙は尽きることなく あなただけを想い続けて 眠るよ 今…
女王を愛し、愛された民たちが眠る不老不死王国アンブロシアは、今もこの世界のどこかで、 女王の魂が戻る時を待ち続けているという。 |
* * * * * |
「アンブロシア王国の真相はいまだナゾに包まれたままなのだよ、ルーク」 アンブロシア伝説の最後を、レイトン先生はこう結んだ。
* 『永遠の王国』
オペラ『永遠の王国』を見ている間じゅう、ボクは女王役のジェニス・カトレーンから目を離す ことができなかった。 はじめて見たジェニスさんは、女王の衣装や王冠が本当によく似合っていた。 凛とした気高さ、上気した頬、生き生きと輝く大きな瞳…。 そして何より、天からのジャワーのように降り注ぐ美しい歌声…。 ジェニスさんはアンブロシアの女王を演じているようには見えなかった。 ジェニスさん自身が女王そのものなのだ。 |
* * * “The Eternal Kingdom”* * * * * * |
王国の民が女王に敬愛と忠誠を誓ったのも当然だと、先ほどレイトン先生から聞いた伝説を想い 浮かべながら思った。 「ルーク、あれは最近オズロ・ウィスラー氏によって作られた『デトラガン』という楽器だよ。 1人でオーケストラ級の厚みのある音色を奏でられると、噂では聞いていたが、予想以上だね。実 に美しい」 レイトン先生が、オペラの演奏に使われている『デトラガン』という楽器の説明をする声を聞い てはじめて、ボクはジェニスさん以外のものに目を向けた。 確かに、デトラガンは今まで見たこともない不思議な楽器だった。 パイプオルガンを想わせるところもあるが、大きさといい、その重厚な音色といい、今まで見た どんな楽器とも違っている。 広がったパイプの先がメロディと共に動く様子は、まるでデトラガン自体に命が宿っているみた いだ。 それに、たった1人でデトラガンに向かい、演奏しているウィスラーさんの気迫も鬼気迫るもの があった。 でも、ボクの視線はまた吸い寄せられるようにジェニスさんに向かった。 |
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「美しいのはジェニスさんの方ですよ、先生…」 小さくため息をついた。 なぜって、今この瞬間がとても幸せだったから…。 永遠の命のナゾのことすら、その時のボクはすっかり忘れてしまっていた。 いつまでもアンブロシア女王の歌声を聴いていたいと思っていた。 オペラが終演を迎えた時、ボクは誰よりも早く立ち上がり、心からの拍手を送った。 「ブラボー!!」 だが、不思議なことに、そうしたのはボクとレイトン先生のたった2人だけだった。 他の観客たちは皆、黙りこくったまま座り込み、劇場内には重苦しい空気が立ちこめていた。 「先生、どうしてみんな拍手しないんでしょう…?」 と、突如照明が落ち、劇場内が真っ暗になった。 さっきまでジェニスさんが歌っていたステージを、1個のスポットライトが浮かび上がらせた。 光の丸い輪の中に、仮面の男が1人佇んでいた。 「皆様、今宵は我がクラウン・ペトーネ劇場へようこそ」 ハーレクインのような衣装に身を包んだ男は、一挙一動がひどく芝居がかっていて、不気味な印 |
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象を与えている。 「皆様は実に運がいい。これから始まる奇跡に立ち会うことができるのですから」 にわかにあちこちから拍手がわきおこり、ボクは驚いた。 「ブラボー!」 「やっと今日のメインステージが見られるわけね」 「これで眠気も吹っ飛ぶというものだ」 あちこちから、仮面の男を歓迎する声が聞こえた。 男は、またもや大げさな仕草で拍手に応え、こう続けた。 「では…チケット購入時に皆様にお約束いたしました通り、ここにいらっしゃる方の中から1名の 方に、『永遠の命』を差し上げることにいたしましょう」 「『永遠の命』⁉」 ボクは思わず大きな声を出し、レイトン先生を見上げた。 「どうやら何も知らなかったのは私たちだけのようだね、ルーク」 先生は英国紳士らしくとても冷静で、再び静かに腰を下ろした。 ボクも先生に従った。 |
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何たってボクはレイトン先生の一番弟子なんだから。 こんなことぐらいでうろたえるわけにはいかないんだ。 でも、心の中は混乱でいっぱいだった。 永遠の命のナゾが、こんなにも早く目の前に現れるとは思わなかった。 心の準備もまだできていなかった。 いったいこれから何が起こるのだろう…。 あの仮面の男はいったい何者なのか…。 「ただし、1つだけ条件があります」 仮面の男が言葉を続けた。 「条件だと…?」 観客の誰かが、皆の思いを代弁するかのように、男の言葉を繰り返した。 「皆様にはあるゲームにご参加いただき、勝ち残った1名の方に永遠の命を、それ以外の方には… ご自分の『命』を提供していただかなければなりません」 途端に観客たちがざわつき始めた。 「命を? …どういうことだ?」 |
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仮面の男はたんたんと話を進めていく。 「この世の奇跡を手に入れようというのですから、皆様そのぐらいの覚悟はおありかと…」 「永遠の命か死か…。どちらかしか道はない。そういうことかしら?」 ドレスが今にもはち切れそうに見える、グラマラスな中年女性がふてぶてしく言い放った。 だが、他の多くの観客たちの顔色は青ざめ、恐怖に慄いている。 「じょ、冗談じゃない! そんな話は聞いてないぞ!」 と、妙な帽子をかぶった髭面の男がひと際大きな声でこう言い放った。 「余命半年の俺にとっちゃ好都合だ。ゲームだろうと何だろうと、喜んで参加するね!」 観客たちはこれが夢ではなく、現実に起こっている出来事であることを改めて思い知らされた。 永遠の命は、自らの命を差し出す覚悟がない限り手に入らないということを。 「か、帰ります! 帰らせてちょうだい! 今すぐ!!」 女性の悲鳴をきっかけに、劇場内はパニックの渦と化した。 立ち上がり通路へ急ぐ者。 人を押しのけ、出口を目指す者。 響く悲鳴、叫び、怒りの声…。 |
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と、先ほど舞台上で王国の民役を演じた男たちが次々と衣装を脱ぎ、正体を現した。 皆、手に手に武器を携えている。 彼らは逃げようとしていた観客たちを取り囲んだ。 次の瞬間、劇場の床の一部が落ち、逃げようとした者は1人残らず、奈落の底へと姿を消した。 全てが一瞬の出来事だった。 悲鳴だけが尾を引き、皆の姿より長く劇場内にとどまっていた。 が、その声もやがて聞こえなくなった。 ボクは動くことすらできなかった。 「せ、先生っ!」 「く…」 レイトン先生は舞台へ向かいダッシュした。 もちろんボクもすぐ後を追いかけた。 そんなボクたちの横を、1人の男が駆け抜けていった。 あれ? あの人は……。 とにかくぶ厚い胸板…。 |
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固めに固めたリーゼントヘアー。 間違いない、あの人はスコットランドヤードの…。 「俺はスコットランドヤードのグロスキー警部だ!」 グロスキーは舞台にジャンプし、あっと言う間に仮面の男をねじ伏せると、その手首に手錠をか けた。 もう一方の輪は自分の手首に。 「クラウン・ペトーネ劇場で怪しげな取引が行われると聞き、潜り込んでいたが、まさか命の取引 とはな…」 警部は慣れた手つきで手帳を取り出し見せると、また元に戻した。 そして観客たちの方に向かうや、舞台役者顔負けの大声を張り上げた。 「皆さん、もう大丈夫です。人の命を奪おうなどという犯罪者は、たった今このグロスキー警部が 逮捕いたしました!」 スポットライトを浴びているグロスキー警部は、分厚い胸板をさらに突きだし、得意げだった。 「本当にそうでしょうか? グロスキー警部」 レイトン先生の言葉に、グロスキー警部はせっかくの晴れ舞台を邪魔されたように感じたんじゃ |
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ないかな。 「なんだ、レイトンじゃないか」 「お久しぶりです」 「それに、君は…」 警部、ボクのこと覚えていてくれたんだ。 ミストハレリで起きた『魔神の笛』事件の時、ボクと警部は初めて出会った。 「ルーク・トライトンです」 その時、仮面の男の手が、ふいにぐにゃりと動いた。 続いて全身がぐにゃり…ぐにゃり…ぐにゃり… その動き方は人間のものとは思えず、ボクは背筋がぞっとした。 「なっ、なんだ⁉」 続いて、仮面の男の体はどんどん膨張し、まるで風船のように膨らみ始めた。 「に、人形か⁉」 グロスキー警部が愕然と目をみはった。 同時に劇場が強い振動に襲われた。 |
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場内にまたも悲鳴があがった。 ゴゴゴゴゴゴ…… 音に気づいて、ボクはハッと天井を見上げた。 「先生、天井が!」 どういう仕掛けなのか、劇場の天井部分が次々に開き、夜空が見え始めている。 レイトン先生も空を仰ぎ驚いている。 その時、ぷかり…グロスキー警部が風船人形と化した仮面の男と共に宙に浮かんでしまった。 人形と警部は、まだ手錠で繋がれたままだったのだ。 「警部!」 先生とボクは、警部を捕まえようと慌てて駆け寄った。 でも、警部はぐんぐんスピードを上げ上昇していく。 次の瞬間、風船人形がシャンデリアに引っ掛かり破れた。 噴出するガスの力で、警部と人形は超スピードで飛び回り、あっという間に広がる夜空へと姿を 消した。 「く…」 |
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レイトン先生の顔が悔しげに歪んだ。 「はーっはっはっはっはっはっ……」 突如、劇場全体に笑い声が響き渡った。 仮面の男の声だ。 そうか。仮面の男はただの風船人形だったけど、声の主は本当に存在していたわけか。 声はまるで新たな舞台の始まりを告げるかのように、高らかに響いた。 「さぁ皆様、永遠の命を求める航海へと出かけましょう!」 航海…? 再び劇場が強い振動に襲われ、悲鳴が辺りを満たした。 「ルーク!」 「はい!」 先生とボクは、急いで劇場の外へと駆けだした。 扉を開き飛び出したボクは、あまりに意外な光景に思わず叫んでしまった。 「あぁっ!!」 クラウン・ペトーネ劇場と海岸とをつなぐ橋が、ちょうど轟音と共に崩れていくところだった。 |
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がらがら…と、瓦礫が次々海の中へと落下していく。 劇場はもはや劇場ではなかった。 海の上を滑るようにスピードを上げ、陸からぐんぐん離れていく。 先生が思わず声を上げた。 「劇場が…」 「巨大な船に変わっています、先生!」 あの美しい劇場が、まさかこんな形で海を移動することになるなんて! ボクはみるみる小さくなっていく海岸線を、ただただ見つめることしかできなかった。 ホールの中からは他にも何人かの観客が、今や船の甲板となった所に出てきて、茫然と四囲の海 を見つめていた。 「な、なんてこった」 先程、自分のことを余命半年だと言っていた帽子の男が呟いた。 「し、信じられん…」 豪華船の船長のようないでたちの老人も、さすがに何の手段も思いつかないらしい。 その時、筋肉質の若い男が甲板の手すりに飛び乗った。 | 56 |
「ちょっとあなた、何する気?」 引き留めたのは、毎日オペラを鑑賞しているのではないか、と思えるようなゴージャスな雰囲気 の女性だった。 「飛び込んで岸まで泳ぐのさ!」 男が答えた。 行動力といい、手すりに飛び乗った時の身軽さといい、アスリートか何かだろうか…。 「それは賢明な行動とはいえませんよ」 レイトン先生が海を見るよう、指さした。 海には、たくさんのサメたちが泳ぎ回っていた。 獲物を物色するかのように、動く劇場の周りを泳ぎ回るサメの群れ。 「この辺りの海にサメが入り込むとは、めったにないことだが…」 年老いたキャプテンが首をひねった。 ということは、このサメたちはわざとこの海に放たれたのだろうか…? この劇場から、ボクたちを逃がさないために…? 全て周到に準備されているんだ。 |
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改めて背筋が寒くなるのを覚えた。 その時、ボクの耳に潮風が歌を運んできた。 歌…? こんな時に…? が、歌はすぐに聴こえなくなった。 気のせいだったのだろうか…。 そう思いながら、ボクは劇場へと戻っていくレイトン先生の後を追った。 * 永遠の命のナゾトキゲーム 女王の衣装を着替えると、私は鏡の前に座り、目の前に映った顔をジッと見つめた。 いよいよレイトン先生に会うのよ。 いいわね、ジェニス? |
* * * The Eternal Life Puzzle-Solving Game* * * |
心の中で話しかけながら、ペンダントに手を当てた。 先生に、いったい何をどう話せばいいのか…。 何度も考えていたことを、もう一度頭の中で整理した。 大丈夫、落ちついて普通に話せばいいのよ。 レイトン先生なら、きっと力になってくれるわ。 『永遠の命』のナゾを解ける人がいたとしたら、それはレイトン先生以外には考えられないのだか ら…。 なんだか私、舞台に出る時以上に緊張している。 そう…。 これは私のもう1つの舞台なのかもしれない。 そして、おそらく最後の舞台……。 私は、自分自身を元気づけようと、鏡に向かって微笑んでみた。 鏡の中から私に向けられたジェニス・カトレーンの微笑みが、大きな力を与えてくれる。 やっと気持ちが落ち着いた。 ───幕は上がったわ。 |
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今、行きます、レイトン先生。 立ち上がると、控室を出てホールへと向かった。 遠くから、デトラガンの演奏が聴こえてくる。 ウィスラーさん…が弾いているのだ。 その音色はとても哀しげで、聴いている私まで哀しい気持ちにさせられてしまう。 愛する人を失った経験を持つ者の力で、音の1つ1つが涙の色を帯びてしまうのだ。 ウィスラーさん自身がそのことに気づいているかどうかはわからないけれど…。 突然、演奏が途切れた。 どうしたのだろう? 怒声が廊下にまで届いた。 「呑気に演奏している場合じゃないだろーが!」 「あたしたち、この劇場、いえ、船に閉じ込められたのよ!」 「ミスター・ウィスラー、あんたはこのオペラの主催者だ。全てあんたが仕組んだことなのか?」 「私は頼まれてオペラを作った。それだけだ…」 聞き覚えのあるウィスラーさんの声が答える。 |
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私は足早に、劇場に足を踏み入れた。 その時、先生の姿が目に飛び込んできた。 先生は、青い帽子をかぶった、可愛い男の子と一緒だった。 レイトン先生…! 見覚えのあるシルクハットに、ジャケット姿。 決して相手を威圧することのない優しい眼差し…。 本当に、誰よりも英国紳士然としている。 私は、安堵感に包まれ、思わず先生の名前を呼んでいた。 「レイトン先生!」 先生の顔がゆっくりと動き、私を捕えた。 そして、眼差しと同じ優しい笑みが顔じゅうに広がった。 これがレイトン先生の笑顔…。 「ジェニス!」 そしてこれが先生の声…。 懐かしい─── |
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今の私がそんな風に思えることが、とても不思議だったけれど。 「ごめんなさいレイトン先生、先生まで巻き込んでしまって…。まさかこんなことになるなんて…」 「謝ることはないさ。困っている女性を助けるのは当然のことだ。英国紳士としてはね」 私は一瞬驚いて…それからクスッと笑ってしまった。 『英国紳士としてはね』 グレッセンヘラーカレッジの学生たちの間では有名だという、レイトン先生の口癖がおかしくて。 そして、女性を助けるのは当然だ、とさらりと言い放つ先生の騎士道精神がうれしくて…。 こんな風に言われて嬉しくない女性はいないだろう。 さっきまで感じていた緊張感は一瞬で吹き飛んでしまった。 「レイトン先生らしいお答えね」 「手紙にあった少女は、今どこに?」 「それが、今朝から姿が見えないんです。ウィスラーさんに聞いても、私には舞台に集中すればい いとしか話してくださらなくて…」 ミリーナのことが、私はとても心配だった。 ウィスラーさんとミリーナは、今はとても仲がよさそうに見えるけれど、でもそれは…。 |
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その時、あの男の声が、ホールじゅうに響き渡った。 「皆様、クラウン・ペトーネ号の乗り心地はいかがですかな?」 劇場にいたすべての観客たちが、凍りついたように動かなくなった。 「ではこれより、『永遠の命』を賭けたナゾトキゲームを始めます!」 「ナゾトキ…?」 「ゲーム…?」 誰もが一様に戸惑っている。 男の声はさらに続いた。 「ルールは簡単、ゲームの勝者として最後まで残った1名の方が、永遠の命を手に入れることがで きるというわけです」 『永遠の命』という言葉が、皆の恐怖に勝ったのか、1人、また1人と黙って席につく者が増えて きた。 『永遠の命』というものがこんなにも人間を惹きつけるものであることに、私はとても驚いた。 永遠に生き続けたい、と大勢の人たちが願っていることに…。 もしも、永遠に生き続けられたとしたら、私はいったい何をするだろう? |
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たった1人で生き続けられたとして、はたしてそれは幸福といえるのだろうか…。 愛する人が次々死を迎え、永久に自分だけが残されることになるというのに…。 可愛い男の子の声に、私はハッと我に帰った。 「先生…?」 男の子は心配そうな顔でレイトン先生を見上げている。 まだ子供なのに、この子は先生の助手か何かのようだ。 「この状況では、参加するしかないようだね、ルーク」 ルークという名前なのね。 レイトン先生とルークは覚悟を決めたように席についた。 私も先生の隣に座った。 思わず胸元のペンダントを強く握りしめていた。 ナゾトキゲームだなんて…。 強い怒りがこみあげてくる。 いったいあの男は何を考えているのだろう…。 そばに座っているルークのことが気になった。 |
* * * * * |
わたしが先生に手紙を出したばかりに、こんな可愛い子供まで危険な目にあわせてしまったのだ。 悔いる気持ちと同時に、運命はもう走り始めてしまったのだ、このクラウン・ペトーネ号のよう に…と、このまま流れに身を任せたい気持ちも覚えていた。 これ以上、後悔はしたくない。 そのためにも、何とかしてミリーナとルークを守らなくては…。 そう、固く決意した。 * ナゾナンバー001 「ではまいりましょう。ナゾナンバー001、皆様、周りをよくごらんになっていただき、『最も 古いもの』のもとに集合してください」 男の声が最初のナゾを告げた。 |
* * * Puzzle n°001* * * |
「なお、このナゾには制限時間があります」 スポットライトが点灯し、細長い箱のようなものがせり上がってきた。 箱の正体はオルゴールだった。 棒状に丸められたスコアがスリットに呑みこまれ、曲を奏で始める。 「皆さんに与えられた時間はこの音楽が終了するまで…。のんびりしている暇はありませんよ」 予想外の成り行きに、半ば茫然としていた観客たちは、慌ててホールの外へと飛びだしていった。 なぜって? もちろん、『最も古いもの』を探すためさ。 こうしちゃいられない。 ボクも慌てて立ち上がった。 「先生、探しに行きましょう!」 「あぁ…」 のんびりと答え、先生がゆっくりと扉へ向かって歩き出した。 「私も行きます」 ジェニスさんも慌てて追いかけてきた。 |
* * * * * |
ボクはちらり…横目でジェニスさんを見た。 アンブロシア女王の衣装をつけていない普段着のジェニスさんも、やはりとても美しい人だった。 ジェニス・カトレーンに戻っても、凛とした力強さや生き生きと輝く瞳が与える印象は全く変わ らない。 そんなジェニスさんを、ボクは守ってあげたい、と思った。 子供のボクが大人のジェニスさんを守るなんて…誰かに聞かれたら笑われてしまうかもしれない。 でも、ボクは本気だった。 ジェニスさんを、さっき床下に消えた人たちのような目にあわせるわけにはいかない。 その為には、ナゾトキゲームに勝ち続けるしかないんだ。 ボクだって未来の英国紳士だ。 困っている女性を助けるのは当然さ。 ボクは、神経を全てナゾに集中させることにした。 それにしても、クラウン・ペトーネ号にはあちこちに化石や、水晶の原石、いかにも古そうな骨 董品などが飾られている。 この中から一番古いものを探せって言われたって……。 |
* * * * * |
あちこちキョロキョロ目が行ってしまい、制限時間だけが無駄に過ぎていく。 ジェニスさんはとても心配そうな顔をしていた。 何とかしなきゃ…。 流れているオルゴールの音が、さらに気持ちを焦らせる。 「先生、船の中には答えになりそうなものがたくさんあります! どれが一番古いものなんでしょ う?」 レイトン先生は何も答えなかった。 だからボクはそれ以上尋ねるのをやめた。 先生が無言でこういう表情をしている時は、頭の中がフルスピードで動いている真っ最中なんだ。 余計なことをしゃべって先生の邪魔をしたくはない。 その時、先生がハッと目をみはった。 ナゾが解けたにちがいない! 「わかったよ、ルーク。さぁ、急いで劇場へ戻ろう」 ほらね。ジャマしないでよかった…。 |
* * * * * |
劇場へ戻ってみると、ボクたちの他にも結構たくさんの人が戻ってきていた。 ふいに先生が言った。 「ヒントは、ナゾナンバー001の中にあるんだ」 「え?」 ボクは、慌ててナゾトキ手帳を取り出した。 男の声がナゾを告げた時、ボクは一言も聞き逃さないようにメモを取っておいたんだ。 「よく思い出してごらん。出題者は『周りをよくごらんになっていただき』とは言ったが、『この 船の中で最も古いもの』とは言わなかった…」 ボクはメモに急ぎ目を走らせた。 「確かに『船の中で』とは言っていません」 「それは、『最も古いもの』が船の中にはないものだからさ」 ジェニスさんがビックリした顔でこう尋ねた。 「船の中にはないって…じゃぁ、どこに?」 「最も古いもの。それは───」 先生は突然上を見上げた。 |
* * * * * |
ボクとジェニスさんもつられて上を見た。 頭上には星空が広がっていた。 「───何万年も存在し続けている、あの星たちのことだ」 レイトン先生の声が、星の光に重なった。 最も古いものが星!! 考えもしなかった答えだった。 だが、答えを聞いた今だからわかる。 クラウン・ペトーネ号のあちこちに置かれた化石などは、解答者をミスリードさせるための囮だ ったんだ。 「さすがです、レイトン先生!!」 思わず叫んだ時、オルゴールが静かに停止した。 「制限時間が過ぎました。最も古いものとは、たった今も夜空に輝き続けているこの星たちのこと …現在、このホールに残っている皆様、おめでとうございます。あなた方は次のナゾに挑戦する権 利を得ました」 ホールに残っていた人たちの多くが、ほーっと安堵の息をついた。 |
* * * * * |
その時、ホールの外から大勢の人の悲鳴が届いた。 悲鳴は、先程ホールの床下へと消えていった大勢の人たちを思い起こさせた。 ナゾが解けなければ、その命を提供しなければならない…。 このナゾトキゲームは、生と死をかけた恐ろしいゲームなのだ。 改めて恐怖がこみ上げてきた。 「続いてナゾナンバー002に移りましょう。皆様、今度は『一番大きな王冠が見える場所』に集 まってください」 男の声が、ボクには死刑の宣告のように聞こえた─── * ナゾナンバー002 ホールに残った人々は、ナゾナンバー001の時と違い、すぐに動こうとはしなかった。 |
* * * Puzzle n°002* * * |
互いの動きを探るかのように、視線を交わしあったりしている。 「一番大きな王冠…」 金色の髪をリボンで束ねた女の子が呟いた。 年齢は、たぶん高校生ぐらいだろう。参加者の中で、ボクの次に若いことは間違いない。 「このゲームの主催者は何かと人を集めるのが好きなようですな…」 甲板で出会った年老いたキャプテンが、誰にともなく話しかけた。 例のゴージャスな女性が話を継いだ。 「この船にはかなりの数の王冠があちこちに飾られている…。制限時間内に全ての大きさを比べる ことは難しいわ…」 「ということは、美術品は…」 「私たちを惑わせるための囮ということ…?」 悲鳴を聞いたばかりなので、少しでもみんなの意見を聞きたい…という空気がホールに残った人 たちの間に流れているようだ。 連帯感なのか、腹のさぐりあいなのか……。 おそらく後の方だろう。 |
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なぜって、永遠の命を手に入れられるのはたった1人だけなのだから。 「レイトン先生、今度のナゾ、解けますか?」 ジェニスさんも不安げだ。 よーし、今度こそボクがナゾを解明して、ジェニスさんに勝ち残ってもらうぞ。 「そうだな…」 と答えようとする先生の言葉を、ボクは遮った。 「先生! このナゾは、ボクに任せてください!」 ボクの張り切りように、先生もジェニスさんもちょっと驚いたようだった。 「ルーク?」 ジェニスさんがボクの名前を呼んでくれた…! それだけで、ボクはちょっと幸せな気持ちになった。 「大丈夫です、ジェニスさん! 何たってボクはレイトン先生の『一番弟子』ですからね!」 そう言って、人さし指を思いっきり前に突き出した。 それを見たジェニスさんが、ふふっと笑った…。 ボクの幸せ度数はまたまたピン、と跳ねあがった。 |
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ジェニスさんの笑顔を見るためだったら、この場でピエロになってもいい、と思ったほどだ。 「頼もしいお弟子さんをお持ちですのね」 このナゾは絶対に間違えられない、と、ボクはナゾトキ手帳を開き、王冠の画を描いてみた。 「一番大きな王冠…王冠…クラウン…」 ナゾを告げる男の声が脳裏に蘇ってきた。
『皆様、クラウン・ペトーネ号の乗り心地はいかがですかな?』
「そうか!」 ビビッと閃いちゃったぞ。 「今ボクたちがいるのはクラウン・ペトーネ号です!」 「でかしたぞ、坊主!」 帽子と髭の男の言葉に、ボクは驚いた。 ナゾを解くことに夢中だったから、周りにいたたくさんの人たちを忘れていたんだ。 帽子の男は小走りでドアへと向かった。 | 74 |
「この劇場の入り口は確か、『クラウン・ペトーネ』の名前を載せた大きな王冠の形だったよ な!」 「あぁ、かなり大きな王冠だった!」 「それよ! それに違いないわ!」 ホールにいた人たちがみんな出口へと殺到した。 みんな、ボクのナゾトキに従ったっていうわけだ。 これでジェニスさんを勝ち残らせることができた。 ボクは自分を誇らしく思う気持ちでいっぱいだった。 「先生、ボクたちも行きましょう」 レイトン先生も微笑んでいる。 「そうだね、ルーク」 ボクたち3人は一番最後に出口へと向かった。
廊下を歩きながら、ボクはだんだん心配になってきた。 先にロビーへ向かった人達の姿がどこにも見えなかったから。 |
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ジェニスさんも同じ気持ちなのか、後ろを振り返り見たりしている。 「みんなもうロビーに行ってしまったんでしょうか?」 レイトン先生は答えなかった。 と、ジェニスさんが遠慮がちに小声で告げた。 「あの…ロビーなら、反対の方角じゃないかしら?」 なんだって? 「先生、道を間違えたようです、引き返しましょう!」 先生はいつも通り、落ち着いた口調で言った。 「こっちでいいんだよ、ルーク」 「でも…」 「劇場の入り口のデザインも囮なんだ」 「えぇッ⁉」 レイトン先生は説明を続けた。 「船のあちこちに王冠を飾ったのは、それらを囮だと皆に思わせ、ロビーに導くための出題者の意 図だ。が…それは答えではない」 |
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「どういうことですか?」 「永遠の命を得るものはたった1人だ。出題者は大勢が正解するようなナゾは出さないはず…」 先生は淡々とナゾを解き明かしていく。 「…で、ここが巧みなところだが、ナゾナンバー001で1つの部屋に集まって正解を得た我々は、 次に同じパターンの問題が来た時、答えもまたパターンにのっとっていると思いがちなんだよ」 「先生、何だか頭がこんがらがってきました」 「大丈夫、今にわかるさ…」 ふいに、先生が立ち止まった。 そこに、甲板へと続くドアがあった。 ドアを開け、先に出るよう、先生はボクを促した。 先頭に立ってドアから外に出ると、吊り下げられた救命艇が目に飛び込んできた。
何人かの人が、協力して救命艇を下ろそうとしている。 年老いたキャプテン、金髪にリボンの女の子、ゴージャスな女性にアスリートらしい筋肉質の男 性…それから大きなリュックを背負った探検家風の男に…。 |
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その時、降下途中の救命艇が大きくバランスを崩した。 「おっと、気をつけてください。よいですかな…」 老キャプテンが見本をみせた。 「手慣れていますね」 リュックの男が感心してキャプテンの手先を見つめている。 「永い人生を、貿易船の船長という職に捧げてきました。オルドネルといいます。さ、急ぎましょ う…」 いったいこの人たちは何をしようとしているんだ? ボクの頭はすっかりこんがらがってしまった。 そんなボクを追いぬいて、ジェニスさんが救命艇の方へ近づいていく。 「ウィスラーさん」 「ジェニス」 2人の声に、ボクは初めてそこにウィスラーさんと、小さい金髪の女の子もいたことに気づいた。 真ん中わけのストレートヘアーが、パンフレットで見たミリーナさんにそっくりだ。 もしかしたら、この女の子が…永遠の命を手に入れたっていう子なのか…? |
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女の子は、近づいてくるレイトン先生に気づくと、もじもじとウィスラーさんの背後に隠れた。 レイトン先生が何も言う前に、ウィスラーさんが紹介した。 「養女のミリーナだ」 レイトン先生は何も言わず女の子を…ミリーナをジッと見つめた。 その時、帽子の男が吐き捨てるように言い放った。 「ふん! あんたたちもナゾを解いたのか!」 「はい」 レイトン先生は帽子の男に微笑んだ。 どんな無礼な人にも、先生は失礼な態度を取ることがない。 当然さ、英国紳士としてはね。 それにしても、ナゾを解いたってどういうことだ? この人は確か、さっきボクに「でかしたぞ、坊主!」 「あーぁ、またライバルが増えちまったぜ」 アスリート風の男も、うんざりした声をあげた。 もう、わけがわからない。 |
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みんなはわかっているのに、ボクだけがナゾの答えを知らないみたいだ。 ボクは思わず帽子の男にこう言っていた。 「でも、あなたはさっきロビーの絵が正解だって…!」 「永遠の命を手に入れるために、バカな連中を引っかけてやったのさ。ったく、おまえがぺらぺら 大ヒントをしゃべっちまうから焦ったぜ坊主…」 「ボクが大ヒントを……?」 もう、お手上げだ。 何が何だかわからなくなってしまった。 * クラウン・ペトーネ号を離れて レイトン先生とルークが救命艇を下ろす手伝いをしていると、ミリーナがウィスラーさんから離 |
* * * Leaving the Crown Petone* * * |
れ、私のところへやってきた。 よかった…無事で…。 私がどれだけ心配したことか…。 そのことを伝えようとした時、ミリーナが言った。 「どうして…」 「え?」 「どうしてレイトン先生を呼んだの?」 「ミリーナ…」 「レイトン先生を勝たせてはダメ!」 今まで私が聞いたことのない、激しい口調だった。 「あなたは私の親友でしょう、ジェニス? お願い、私たちの望みを叶えさせて!」 「私たち…」 私たちの望み…。 それが何なのか、私はすぐに理解した。 それほどに『私たち』は深く結びついている。 |
* * * * * |
でも、でもね、ミリーナ。 私はあなたの為にも、レイトン先生にこのナゾを解いてもらいたいの。 お願い、わかってちょうだい。
2艘の救命艇は静かにクラウン・ペトーネ号から離れ、沖へと進んでいった。 私はレイトン先生、ルーク、ウィスラーさんと、頭にリボンをつけた女の子、そして常にリュッ クを手放すことのない、サファリシャツを着た男の人と同乗した。 ミリーナがレイトン先生に何か言うのではないか、と私はとても心配だった。 『レイトン先生を勝たせてはダメ!』 そう言い放ったミリーナの顔が頭の中から離れない。 でも、ミリーナは今はとてもおとなしく、ウィスラーさんに身を寄せている。 「いったいこのボートでどこへ行くんですか?」 ルークが誰にともなく尋ねた。 「一番大きな王冠を見に行くにきまっているだろう?」 リュックの男の人が答えた。 |
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「で、でも、肝心の王冠はどこに??」 「あと数分もすればわかるよ、ルーク」 レイトン先生がオールを漕ぎながら微笑んだ。 「この船の名前を大声で叫んでおいて、まだ答えに気づかないなんて…」 ぼそっと呟いたリボンの女の子に、先生が話しかけた。 「よろしいですか? ミス…」 「アムリーでいいわ」 「アムリー、君はどうしてこのゲームに参加したんだい?」 「確かに、あのオペラのチケットは、君のような学生が買える額ではないな」 リュックの男性が同意した。 アムリーさんは、すべには答えなかった。 と、ウィスラーさんが代わりに答えた。 「アムリーさんはチケットを買ったのではない。招待されたのだ」 私は驚いた。 オペラ『永遠の王国』の観客たちは、皆、自分の意思で高額のチケットを買ったのだ、と今の今 |
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まで思いこんでいたのだ。 「私は、歌うことが大好きだった娘を亡くしている…。だから、今回の新作オペラを娘の代わりに 若い女性たちに聞いてほしいと思い、招待状を送ったのだ」 娘の代わりに…。 招待の理由はやはりそれなのね、ウィスラーさん…。 「特別な招待状だけに、特別な女性たちに送ろうと私は思った。ロンドンタイムズなどを参考にし てね。アムリーさんは、この若さで何とチェスの全英チャンピオンなのだよ」 ウィスラーさんの賛美の言葉を、アムリーさんは鬱陶しげに聞き流した。 アムリーさんは、いったいどういう理由で参加したのだろう。 こんなに若くて可愛い子は、永遠の命のナゾトキなどに、巻き込まれるべきではないのに…。 訪れた沈黙の中、私はレイトン先生の視線が、ミリーナに向けられていることに気づいた。 微笑みかけるレイトン先生に気づいたミリーナは、視線を避けるかのように、ウィスラーさんに 身を寄せた。 「人見知りの子でね…」 ウィスラーさんが庇うように言った。 |
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「ウィスラーさん、ミリーナさんが永遠の命を得て生まれかわったというお話は本当なのですか?」 レイトン先生が問いかけた。 アムリーさんとブロックさんが驚き、ミリーナを見た。 ウィスラーさんは一瞬私に非難の眼差しを向けた。 「まさか。私は亡くなった娘と同じ名の彼女を養女にした。それだけだ」 「でも…」 私は、ミリーナから聞いた事を話そうとした。 が、ウィスラーさんに遮られてしまった。 「ジェニス…ミリーナに生き返ってほしいと思ってくれる気持ちはとても嬉しい…。が、ミリーナ はもういないんだ…」 ウィスラーさんの瞳に、涙が溢れた。 「だから私は、娘の分まで長生きしたいと思った。そんな時、あの声の男に『永遠の命』がテーマ のオペラを作る話をもちかけられ、承諾してしまった…。まさかこんなことになろうとは…」 俯き、涙をぬぐうウィスラーさんを、私はとても哀しい気持ちで見つめていた。 その時、 |
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「あぁっ!」 ルークが叫ぶと同時に立ちあがった。 「う、わぁぁ…」 視線が、ある一点を見つめている。 「先生、船が! 王冠の形になっています!!」 見ると、クラウン・ペトーネ号が、本当に王冠の形をしていた。 きっと船に変形した時に、王冠が現れるよう、設計されていたのだろう。 「ボートの上の皆様、おめでとうございます」 突然、どこからかあの男の声が聞こえた。 恐怖に心臓が跳ねあがった。 男の姿はどこを探しても見つからなかったが、不安だけはいつまでも消えなかった。 声だけが、救命艇に届くよう、どこかに仕掛けがあるのだろう。 「皆様はまた一歩『永遠の命』に近づきました…。しばらくはそのまま海の旅をお楽しみください」 救命艇の一部からメカが現れ、ひとりでにエンジンがかかった。 2艘の船はぐんぐん…スピードを上げ、クラウン・ペトーネ号から遠ざかっていく。 |
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次の瞬間、クラウン・ペトーネ号が爆発した。 次々と弾ける、耳をつんざく爆裂音。 夜空と紺碧の海に飛び散る真っ赤な爆煙。 同時に無数の瓦礫が救命艇にまで降ってきた。 「きゃ~~~っ!」 隣の救命艇から悲鳴があがった。 その悲鳴に私は我に返った。 ミリーナ! あの子を守らなければ! すかさずミリーナを抱き寄せ、覆いかぶさるようにして救命艇の底に身を伏せた。 |
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* アンブロシア島 どれぐらいの時間、救命艇に乗っていたのだろう。 クラウン・ペトーネ号の爆発が現実ではなく、ここにいる12人全員が同時に見た夢なんじゃない か、なんて思い始めてしまったぐらい、長い時間だった。 12人というのは、ボク、レイトン先生、ジェニスさん、ウィスラーさん、7歳のミリーナ、高校 生なのに、チェスの全英チャンピオンだというアムリーさん、リュックがトレードマークのブロッ クさん…それから、オルドネル元船長に、余命半年というのが信じられないほど元気なバーグラン ドさん、ゴージャスなレイドリー夫人、もう1人の女性はミステリー作家のミス・アニー・ドレッ チー、それから、なんと元イングランド代表サッカー選手、『伝説の左足』スターバックさんだ。 イングランド代表選手なんて英国ではスター中のスターだ。 でも、スターバックさんは自分の話をされることが耐えられないようだった。 アニーさんがこっそりボクに教えてくれたのだけど、スターバックさんの『伝説の左足』は、け がによる手術の痕でボロボロ…、もう、サッカーができないのだという。 もう一度サッカーをしたい一心で、スターバックさんは永遠の命を手に入れようとしているのだ。 |
* The Island of Ambrosia* * * * * |
明け方早くボートの中で目覚めたボクは、並走するもう1艘のボートで、やはり1人だけ早く目 覚めていたアニーさんと、おしゃべりを楽しんでいた。 ボートは今やスピードを落とし、ゆったりと前方遠くに見える島へ向かっていた。 ボクはお腹がすいて、喉が渇いていたけれど、まだ話すぐらいの元気は残っていた。 アニーさんは、他にもこんな話をしてくれた。 バーグランドさんが、なんと巨大商社『ワールド・フリート社』の社長であることや、レイドリー 夫人が大富豪の未亡人で、社交界の花であること。そんな夫人は、自分の美貌を永遠に輝かせるた めに、このナゾトキゲームに参加しているということ…。 「あたしゃゴシップ誌が好きでねぇ」 アニーさんはウィンクをして、いたずらっ子みたいに微笑んだ。 そんなアニーさんもまた、英国ではかなり有名なミステリー作家だ。 アニー・ドレッチー作のミステリーが、出せば必ず売上チャートナンバー1になることは、ボクだ って知っている。 ボクの母さんはアニーさんの作品の大ファンだからね。 「アニーさん、ボクのはじめての映画は、母さんと一緒にミストハレリの小さな映画館で観た『テ | 89 |
ムズ河殺人事件』なんですよ」 テムズ河で起きた完全犯罪を主人公がどう解決していくのか、ボクは最初から最後までドキドキ のしっぱなしだったんだ。 ボクが話すと、アニーさんはとても嬉しそうに微笑んだ。 「あれは、あたし自身なかなかよくできたミステリーだと思っているのよ」 そして遠くを見つめてこう呟いた。 「ルーク、あたしがもしも永遠の命を手に入れられたら、何をすると思う?」 「え? な、なんでしょう…」 すぐには思いつかなかった。 「傑作ミステリーを書き続けるの、永久にね。あたしにはそれができると思うから」 そう言った時、アニーさんの瞳は水平線を臨みキラキラと輝いていた。 アニーさんは、幾つなのだろう。 オルドネル船長よりは絶対若い。 バーグランドさんやウィスラーさんと同じぐらいか…。 それなのに、アニーさんは今から死のことを考えているんだな、ってボクは思った。 |
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もしかして、才能がありすぎて、普通に生きるだけの年月じゃ足りないのかもしれない。 『永遠の命』を手に入れたい理由って、人によっていろいろなんだな…。 そんなことを考えながら、ボクも黙って水平線を見つめ続けた。
ボクたちはそろってその島に上陸した。 「なんだ、この島は…」 バーグランドさんが用心深げに辺りを見回している。 「一見無人島のようだが…」 オルドネル船長が呟いた。 その時、ブロックさんが猛ダッシュし始めた。 「まさか! そうなのか? やはり…?」 走りながら、興奮した声で呟いている。 ブロックさんはやがて、島にあった岩に抱きつくようにしてこう叫んだ。 「間違いない、ここは…アンブロシアだっっ!!!」 アンブロシアだって??? |
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ボクだけじゃない、その場にいた皆が驚きの声をあげた。 「アンブロシアだと?」 「あるいは、かつてアンブロシアであったところというべきか…」 ブロックさんは肌身離さず背負っていたリュックを下ろし、大切そうに中から何かを取りだした。 スクラップブックだ。 「これは私、アマチュア歴史研究家、マルコ・ブロックが仕事の合間にこつこつこつこつ作り上げ た、不老不死王国『アンブロシア』に関するスクラップブックです!」 「すげぇ分厚さ…」 「歴史おたくね」 スターバックさんとレイドリー夫人が呆れて、その場を離れた。 ブロックさんはそんな声など全く聞こえていないかのように、スクラップブックのページをめく るのに夢中だった。 そして、あるページから紙を1枚取りだし、島にあった岩に並べて見せた。 「見てください! これと同じ紋章がここにあるのです!!」 紙に描かれているのは紋章の一部の写しだ。 |
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そして確かに、岩にも紋章らしきものが彫られている。 レイトン先生が近寄り、ジッと紋章を見つめた。 「確かに、アンブロシアの紋章のようだ。以前、シュレーダー博士の部屋で見たことがある」 ブロックさんの声は興奮と感激で震えていた。 「ほらね、来たんですよ! ついに念願が叶ったんだ!!」 オルドネル船長も感慨深げに、島をもう一度見渡した。 「生きているうちに来ることができるとは…。そうですか。ここがアンブロシア…」 バーグランドさんの瞳がぎらり…光った。 「ということは、この島のどこかに、永遠の命の秘薬があるのか?」 『永遠の命の秘薬』という言葉に、皆、凍りついたように動かなくなった。 やはりここが、ボクたちが参加するナゾトキゲームの目的地に間違いない、とわかったからだ。 その時、レイドリー夫人の声が聞こえた。 「ちょっと見て!」 浜辺に生えた木の下にテーブルが置かれ、今すぐピクニックでも始められそうな食事の用意が整 えられていた。 |
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「食いものか…」 「ワインも…」 スターバックさんとレイドリー夫人がうれしそうに言った。 ボクたちも、テーブルへと歩み寄った。 並んだ御馳走の隙間に置かれたメッセージカードが目に飛び込んできた。 「ゲームに参加されている皆様へ…」 ボクは読み上げた。 「助かった…喉が渇いてしかたなかったんだ」 「ナゾを解いた褒美ですかな?」
皆、食事をしようと、競うように椅子に座った。 バーグランドさんはまずワインを手に取り、グラスに注ぎ始めた。 「それとも、これが新しいナゾだったら…?」 アムリーさんの言葉に、皆、今にも食べようとしていた手を止めた。 バーグランドさんのワインが、グラスからごぼごぼと音をたてて溢れた。 |
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その時ミリーナが、すっ…とフルーツが盛られた皿に手を伸ばし、無邪気に食べ始めた。 この島で採れるフルーツなのか、ボクが見たことのないものだったけど、それはそれは美味しそ うに食べている。 もうこれ以上は我慢できないよ~。 「…何でもいい、俺は食うぞ!」 バーグランドさんの言葉をきっかけに、皆、飢えたようにがっつき始めた。 実際かなり飢えていたんだよね。 空腹は最大のスパイスっていうけど、こんな美味しい食事は初めてだ。 「お、美味しいです!」 「ほんと…」 ジェニスさんも、ミリーナが食べたのと同じフルーツを食べながら微笑んだ。 レイトン先生も、今日だけはボクが手づかみで食事をしても目をつぶってくれるようだ。 いつもなら、 「マナーは必要なものだよ、ルーク。英国紳士としてはね」 ってさりげなく注意してくれるのだけど…。 |
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食事の後、ボクは海辺を散歩した。 お腹はいっぱいで満足だったし、何となく…そう、何となく皆と離れて独りになりたかったんだ。 浜辺には美しい貝殻がたくさん落ちていた。 無人島かもしれないこの島には、貝を拾う人もいなかったわけだ…。 何気なく、貝を1つ拾い上げた。 遠くから、ジェニスさんの声が聞こえてきた。 ジェニスさんは、レイトン先生と2人、楽しそうに話しをしている。 「なんだか全てが夢みたい…。ゲームも、この島も…レイトン先生とこんな風に外で食事をしたり、 並んで海を見たりしていることも…」 「外での食事なら、遺跡調査の授業では当たり前のことだったはずだが…?」 「遺跡と浜辺は違うもの。先生にとっては遺跡の方がロマンティックなのかもしれないけど」 そういえば、ジェニスさんは学生の時、レイトン先生の授業を受けていたんだっけ。 ボクが先生に会う何年も前に…。 懐かしいと思う学生時代の思い出が、ジェニスさんにはたくさんあるのだろう。 |
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何だか急に、とても寂しい気持ちになった。 ボクは、先生とジェニスさんの声が届かない波打ち際へと歩いていった。 ミリーナが貝を拾っていた。 こうして見ていると、7歳よりも小さな子のように見える。 本当にこの子が、永遠の命を手に入れた、なんて言ったのだろうか? ミリーナに歩み寄り、さっき拾った貝を差し出した。 でも、ミリーナはこっちを見ようともしない。 ボクは、貝を耳に押し当てると、ミリーナのそばにしゃがみこんだ。 「こうすると、波の音が聞こえるんだよ」 ミリーナは何も言わなかった。 「でも、ボクにはちゃんと聞こえたことがないんだけどね」 正直に白状した。 「……聞こえる」 ミリーナが呟いた。 「ほんとに?」 |
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ボクの方が驚いてしまった。 ミリーナは、耳に貝を当てたまま、歌い始めた。
♪ ルルルルー ルルルルー ルルルルルルルルルルルルー…
どこか物悲しい、でも、とても美しいメロディだった。 ボクはため息をついた。 「きれいな曲だね」 「……海が教えてくれたの」 「海が?」 本当に貝殻から今の歌が聴こえたのだろうか? その時、どこかから獣の遠吠えが聞こえた。 ボクはハッと四囲を見渡した。 |
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今のは獰猛で残虐な…そう、オオカミの声だ。 「今の聞こえた…?」 顔を元に戻すと、ミリーナの姿はどこにもいなくなっていた。 あちこち探しても姿が見えない。 ボクはウィスラーさんに駆け寄りながら、叫んだ。 「ウィスラーさん! ミリーナがいません! 今までここにいたのに…」 「どこかで遊んでいるのだろう」 どこかでって、そんな呑気な…。 「何、そのうち戻ってくるさ」 でも…! その時だ。またあの声が響いた。 「皆様、休憩時間はそろそろ終了といたします」 同時に、ボクの背後にある繁みから、オオカミの群れが飛び出してきた。 「せ、先生! オオカミです───っ!」 レイドリー夫人が悲鳴を上げた。 |
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まるでボクたちの動揺ぶりを見ているかのように、笑みを含んだ声が響いた。 「お次は皆様に、オオカミたちのデザートになっていただきましょうか」 「に、に、逃げるんだッ!!」 オルドネル船長に言われるまでもなく、みんな一斉に逃げだしていた。 オオカミたちは唸り声をあげながら、じわりじわり…と近づいてくる。 そうだ! ボクは閃いた。 オオカミたちと話せばいいんじゃないか…。 ボクは、動物たちとコミュニケーションをとることができるんだからね。 「なぜそんな不思議な力が?」 人から時々そう尋ねられるが、物心ついた頃にはもう、ボクは近所の犬や猫たちと自然に話しを することができた。 だから、なぜ? なんて聞かれてもよくわからないんだ。 ただ、話しができるから、必要な時は話しをするだけ…。 そして今は絶対にその必要な時、だ。 |
* * * * * |
ボクは、ジェニスさんを守るようにオオカミの前に飛び出した。 そして迫り来るオオカミたちに話しかけた。 「ガルル…ガウッ! ガウッ! ガルル…」 通訳すると、 「ボクたちは怪しいものじゃないんだ」 って言ったんだ。 オオカミたちは答えた。 「ガウウ…」 あれ? おかしいぞ? 彼らが何を言っているかさっぱりわからない。 いつもなら、絶対にわかるはずなのに…??? 「おかしいです先生! オオカミたちに言葉が通じません」 「誰かに操られているのかもしれない」 レイトン先生は、襲いかかってくるオオカミにタイミングよく砂を投げつけた。 |
* * * * * |
オオカミの群れが一瞬怯んだ。 「ジェニス、ルーク、行くぞ!」 ボクと先生とジェニスさんは、皆と共に森を目指し、全速力で駆けだした。 「も、もうダメ、走れないわ~」 アニーさんの声は苦しげだった。 「…ってわりに走ってんじゃねぇか。しぶといおばちゃんだぜ」 バーグランドさんの憎まれ口が聞こえた。 * ナゾナンバー003 苦しくて、これ以上はもう走れないっていうぐらい走った頃───前方に、川が見えてきた。 行き止まりだ。 |
* * * Puzzle n°003* * * |
立ち止まるしかなかった。 川の向こう岸に不思議なものが見えた。 「城か…?」 スターバックさんが呟いた。 城といっても、おとぎ話に出てくるようなロマンティックなものではない。 全体が真っ黒で、あちこちつぎはぎだらけの巨大な建造物…。 と、またあの男の声が聞こえた。 「これがナゾナンバー003です。皆様この川を渡り、目の前に見える黒い城までお越しください」 『黒い城…』 確かに、ぴったりなネーミングだ。 「先生!」 ボクは叫んだ。 オオカミたちがもう、すぐそこに迫っているのだ。 振り向いたレイトン先生の顔が険しくなった。 「まずはあのオオカミたちを何とかしないと…」 |
* * * * * |
「しつこいオオカミめ…」 バーグランドさんが叫んだ。 その時、ボクの目に妙な物が飛び込んできた。 そばにある木の枝に、檻がぶらさがっているのだ。 3本の木にそれぞれ1つずつ、檻は下がっている。 「先生、見てください!」 檻を見た先生は、すぐに閃いたらしい。 「わかったよ、ルーク。あの檻を使ってピンチを切り抜けるんだ!」 皆が驚きの声を出した。 レイトン先生は木に駆け寄り、檻と木を結びつけた綱をほどき始めた。 もちろん、ボクとジェニスさんは先生を手伝った。 他のみんなもボクたちに見習った。 何人かずつに分かれ、檻を下ろすために綱を握った。 「ガルルル…」 生温かい息が感じられるほどそばに、オオカミたちが迫っている。 |
* * * * * |
バーグランドさんが叫んだ。 「来るなら来やがれ、オオカミども!」 バーグランドさんと一緒に綱を掴んでいるのは、オルドネルさん、アニーさんとウィスラーさん だ。 オオカミたちは、まるでその言葉がわかったかのように、地を蹴り、襲いかかってきた。 ボクとレイトン先生、ジェニスさんは自然に身を寄せ合った。 真上にボクたちの檻が見える。 「今だ! 落とせっ」 バーグランドさんの声を合図に、3グループに分かれていた12人が、一斉に綱を引いた。 その時、隣の木の下からアムリーさんの声が聞こえた。 「こっちよ!」 アムリーさんの指示で、ブロックさん、スターバックさんとレイドリー夫人が慌てて立つ位置を 変えた。 その時、降ってきた檻が、ボクたち3人を閉じ込めた。 もう1つの檻は、アムリーさんたちを閉じ込めた。 |
* * * * * |
「え…これじゃ、自分たちが捕まってるみたいじゃない」 レイドリー夫人が茫然と呟いた。 「これが、ナゾの答えなの」 アムリーさんがちらり…ボクたちの方を見た。 そうか、アムリーさんはボクたちを真似して…。 「しまった!」 声に驚き見ると、バーグランドさんたちが、慌てて檻のてっぺんへよじ登っている。 オオカミたちを檻で捕まえようとして失敗したようだ。 「ガウウ……ッ!!」 オオカミたちは、檻を取り囲み、4人を捕まえようと狂ったようにジャンプしている。 あれではもう逃げようがない。 アニーさん、バーグランドさん、ウィスラーさん、オルドネルさんはこれで『永遠の命のナゾト キゲーム』から外れることになるんだ。
『ルーク、あたしがもしも永遠の命を手に入れられたら、何をすると思う?』 |
* * * * * |
そう言った時のアニーさんの笑みが脳裏に蘇った。 「くっ…余命半年がもっと短くなっちまったか」 バーグランドさんが悔しげに呟く声が聞こえてきた。 と、アニーさんがユーモアたっぷりに言った。 「あんたは神様が一番嫌いそうなタイプさ、バーグランド。たとえ天国に行っても門をくぐる前に 追い返されるね」 「───ふんっ!」 次の瞬間、信じられないことに、バーグランドさんがにやり…とアニーさんに笑い返した。 オルドネル船長も微笑んだ。 「わしは…結構満足してますよ。生きているうちに一度でいいから行ってみたい、と思っていた不 老不死王国、アンブロシアに来ることができたのですからな」 こんな時に笑えるなんて…。 なんてすごい人たちなんだろう。 「あんたはどうです、ウィスラーさん?」 |
* * * * * |
オルドネル船長の問いかけに、ウィスラーさんは俯いた。 ウィスラーさんの声だけが、暗く沈んでいた。 「私の人生はすでに終わっているのだ。娘を…ミリーナを亡くしたその時にね…」 アニーさんたちはこれからどうなるのだろう。 本当に命を提供しなければならないのだろうか…? とても悲しい気持ちになった。 長い時間一緒に過ごしてきた彼らを、ボクはもう他人という気持ちでは見られなくなっていたんだ。 「さ、檻を持ちあげて歩くんだ」 レイトン先生の言葉に、ボクはハッと我に返った。 そうだ、今は先に進むことだけを考えよう。 ジェニスさんを守るためにも。 ボクとジェニスさんは、先生を見習って檻を持ちあげた。 「いくぞ、1、2、1、2…」 檻を持ったまま、前進していく。 ボクたちは、オオカミに邪魔されることなく進むことができた。 |
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オオカミたちの興味が、アニーさんたちに向かっていることにも助けられ…。 そんなボクたちを見て、レイドリー夫人が呆れたように呟いた。 「間抜けね…」 間抜けだって? なんていうことを言うんだ…レイドリー夫人たちは、ボクたちを真似したから、ピンチを切り抜 けられたんじゃないか。 その時、先生がボクに説明してくれた。 「自分たちが檻に入るほうが、オオカミを閉じ込めるよりも遙かにたやすく確実だ。このナゾには、 逆転の発想が必要なんだよ」 いつもながらレイトン先生は冴えている。ボクは感動した。 「さすがです、レイトン先生!」 「間抜けでも何でも、やるしかありません! まずは足踏み~」 ブロックさんの言葉に、アムリーさん、レイドリー夫人、スターバックさんも従った。 「1、2、1、2…」 ボクたちの後を追って前進し始めた。 |
* * * * * |
結構いいチームワークじゃないか…。 「あのレイトンとか言う大学教授…あんな顔してとんでもないキレ者なのかもしれないわね…」 背後から、レイドリー夫人の声が聞こえた。 キレ者だって? そんな言葉じゃ足りないね、レイドリー夫人。 レイトン先生はナゾトキの天才なんだ。 いい気になって油断したボクがいけなかったのか、次の瞬間、ボクたちは思いっきり無様に転ん でいた。 檻が手から離れてしまうほどに。 まずい…。 オオカミ達が一斉にボクたちを見た。 「きゃっ!」 ジェニスさんが凍りついた。 「先生、大ピンチです!」 「ジェニス、行くぞ!」 |
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ジェニスさんの手を取り、先生が駆けだした。 そ、そんな…先生~~。 急いで駆けだし、先生たちに並んだ。 「またですか、先生~!?」 レイトン先生が叫んだ。 「汗をかくのもいいもんだよ、ルーク。英国紳士もたまにはね!」
オオカミ達との永久に続くかと思われる追いかけっこからボクたちを救ってくれたのは、繁みの 中に建てられた小屋だった。 なぜ無人島の繁みの中に小屋があるのか…。 そんなナゾにはかまっていられず、ボクたちは小屋の中に飛び込んだ。 扉を閉めると同時に、オオカミたちがドアに体当たりし、小屋を大きく揺らした。 一瞬遅かったら、あの男の言う通り、ボクたちはオオカミのデザートになっていただろう。 ともかく、これでやっと大きく息をつくことができる。 ふ~~~っ。 |
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ジェニスさんとボクは、落ち着くまで、しばらく深呼吸を繰り返さなければならなかった。 レイトン先生は息も乱さず、興味深げに小屋の中を見渡した。 そこに置かれていたのは工具にチェーンソー、草刈り用の機械などなど…。 「面白い…。この島には誰かが普通に暮らしているようだ…」 と、突然先生の表情が変わった。 これは! 先生が考えることに集中している時の表情だ。 きっと何かを思いついたのだろう。 こういう時、ボクは先生の頭の中を覗き見られたら…っていつも思う。 次の瞬間、先生は小屋にあったものの中から幾つかを取り、集め始めた。 「先生、何をしているんですか!?」 「窮地を打開する方法を思いついたんだよ」 「ボクもお手伝いします!」 信じられないようなスピードで、先生はメカを組み立てていく。 設計図は先生の頭にあるだけだから、ボクは指示にただ従うだけだ。 |
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ジェニスさんが目を丸くしてその様子をみている。 ちょっとうれしかった。 ジェニスさん、ボクが本当に先生の一番弟子だって、わかってくれたんじゃないかな。 メカを組み立てている金属音や、工具のモーター音などが大きく響いた。 異変を感じ取ったオオカミたちが、小屋の外で警戒するような唸り声をあげた。
「できたぞ!」 あっという間にメカは完成した。 小さなヘリコプター、という感じだ。 小屋の中にあるものだけで、こんな乗り物を作ってしまうなんて…先生の頭の中はいったいどう なっているんだろう? レイトン先生は真っ先にメカに乗りこんだ。 エンジンをかけると、ブロロロロ…プロペラが回転しはじめた。 「行くぞ!」 「えっ、でも…」 |
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慌ててジェニスさんとボクもレイトン先生の後ろに乗り込んだ。 途端、メカが急発進した。 ええっ!? だってまだ小屋の中なのに?? 叫ぶ間もなく、屋根を突き破ってメカは外へと飛び出した。 「きゃぁぁぁ~~~~~~!」 ジェニスさんの悲鳴が響いた。 実は…ボクもちょっと叫んでしまったんだけど…。 メカは、よろよろ…と宙を飛んでいく。 オオカミたちが下の方に見えた。 「レイトン先生、これって小型ヘリコプターですね!!」 ボクは大喜びで叫んだ。 オオカミたちよ、さらばだ! でも、先生の声はあまりうれしそうじゃなかった。 「の、つもりだったのだが…」 どうやら、屋根を突き破った時に、メカの一部が壊れたらしい。 |
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メカはいきなり急降下! ボクとジェニスさんはまた悲鳴をあげてしまった。 メカは、ぼよーんぼよーんと、まるで巨大なバッタのように、森の中をジャンプしながら突っ切 っていく。 ボクたちが空高く飛べないことがわかるや、オオカミたちはまたもしつこく後を追ってきた。 「先生早く! オオカミたちが!!」 「スピードは変えられないんだ、ルーク」 先生がすまなそうに言った。 ぼよーんぼよーん… 跳ねては着地、また跳ねては着地…。 距離は思ったほど稼げていない。 ぼよーんぼよーん… オオカミたちが追い上げてきた。 ぼよーんぼよーん… 着地した時の衝撃が、結構きつい…。 |
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ジェニスさん、大丈夫かな…。 「なんだか、バッタに乗って跳ねてるみたい」 ジェニスさんが言った。 「大丈夫ですか、ジェニスさん。怖かったらボクに捕まってください!」 英国紳士としては当然の言葉さ。 「いいえ、怖くはありません」 ボクは驚いてジェニスさんを見た。 ジェニスさんは怖がっているどころか、目をきらきらさせ微笑みすら浮かべていた。 「むしろ、楽しいぐらい!!」 「楽しい…ですか!?」 「はいっ!!」 ジェニスさんの笑顔にボクは見とれた。 なんて生き生きとした笑顔なんだろう。 ジェニスさんには、ただ美しいだけじゃない、何かがあった。 内に秘めた強さ…情熱…真夏の日差しのようなきらめき……それに、ボクには想像もできない何 |
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かが…。 メカが、ふらつきながら森を抜けた時、前方に黒い城が見えた。 手前に、湖が広がっている。 あの城に辿りつきさえすれば、ナゾ003は解明したことになる。 よーし、希望がわいてきたぞ。 「見えましたよ先生! 黒い城です!」 「着陸する! どこでもいい、捕まるんだ!」 レイトン先生が叫んだ。 ボクは咄嗟に目の前にいた先生に捕まった。 ジェニスさんも同じことを考えていた。 「いや、私には操縦が…!」 先生は驚き、バランスを崩したメカは急降下した。 態勢を立て直すことができない。 「うわぁぁぁ~~~ッ!」 「きゃ~~~~~~ッ!」 |
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メカの車輪が、ついに湖面をかすった。 墜落か!? と思ったその時、 ぼよよよ~~~ん! メカが大きくジャンプし、かろうじて陸地に辿りついた。 ボクとジェニスさんは、さらにギュッとレイトン先生にしがみついた。 ザザザーーーッ! メカは大地を滑り続け───やっとのことで停止した。 ボクはつぶっていた瞳を開いた。 生きてる……。 まさに絶体絶命のピンチを切り抜けたんだ…。 顔を上げたボクとレイトン先生とジェニスさんの目の前に、黒い城が聳え立っていた。 黒い城……。 そばで見ると、その不気味さがさらに際立って見える。 何だか嫌な予感がした。 |
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城が獲物を待ち構え、息をひそめている生き物のように思えた。 あの男の声が響いた。 「皆様どうぞ、城のテラスにお集まりください」 * ナゾナンバー004 黒い城にあるテラスに、レイトン先生とルークと共に上がっていくと、先に到着していた人たち が、一斉にこちらを見た。 「よく助かったな。おまえたちはオオカミの餌になったかと思ってたぜ」 スターバックさんがにやり…と笑った。 ルークは悔しかったのか抗議しようと前に出たが、レイトン先生に静かに止められた。 争いを好まぬ紳士的な態度が、とてもレイトン先生らしく感じられた。 |
* * * Puzzle n°004* * * |
その時、男の声が響いた。 「それではナゾナンバー004と参りましょう。皆様のいるテラスからは、4つの塔が見えること と思います。塔へと続くテラスの床をよくご覧ください」 「先生、字が書かれています!」 ルークが叫んだ。 床には『H』『I』『K』『G』の4つの文字が描かれていた。 「この4つの塔の1つに、かつて王の寝室があったといわれています。さぁ、その王の寝室につな がる正確な入口を見つけだし、その入口から塔の中へ入ってください」 ナゾが一気に読み上げられた。 「H、I、K、G…ってなんなのよぉ…」 レイドリー夫人が、戸惑いと媚びの入り混じった声で言った。 「塔、王、タワー…」 他の人は一心不乱にナゾを解こうとしている。 「あと少し…あと少しで永遠の命が手に入るんだ…」 スターバックさんの呟きが聞こえた。 |
* * * * * |
彼は本当にサッカーを愛しているのだ。 永遠の命が手に入ったら、怪我をした左足も元に戻る、そして再びサッカーをすることができる と信じ切っている。 「わかりました先生! 今度は絶対正解です」 ルークの声に、私は現実に引き戻された。 ルークは私とレイトン先生に、ナゾトキ手帳に描いた図を見せてくれた。 テラスの絵と、『H』『I』『K』『G』の文字が描かれている。 「王はキング。綴りはKINGです。ほら、KとGの間にINを入れると…」 ルークは『I』と『N』を図に書き入れた。 「KINGになるでしょう? つまり、Kの塔とGの塔の間にある入口に入るのが正解です!」 そう言うと、誇らしげな笑みで私を見上げた。 とてもキュートな笑みだった。 まだ小さいのに、ルークはナゾトキの才能にとても恵まれている。 「すごいわ、ルーク」 レイトン先生もにこやかに微笑んでいる。 |
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「へへ~~」 照れたルークを見ながら私は、聡明で勇敢なこの少年を守らなければ、という決意を新たにして いた。 その時、レイトン先生がルークにそっと耳打ちした。 先生? 2人は私に聞こえぬ程の小さな声で二言三言、言葉を交わし、離れた。 「このゲームの目的は永遠の命ではないのかもしれない…」 この言葉だけが、かろうじて聞き取れた。 先生は、ナゾを解いたのかしら…。 永遠の命とは何なのか…? ルークがさっきとは打って変わった真剣な顔で、私に言った。 「行きましょう、ジェニスさん」 私とルークはテラスを進み、『K』と『G』に挟まれた扉をくぐった。 アムリーさんとブロックさんが同じ扉の仲間だった。 扉の先は、ごく普通の寝室…。 |
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危険な兆候は何もみられない。 ルークのナゾトキが正解だったに違いない。 けれど…いつまで待ってもスターバックさんとレイドリー夫人、そして…レイトン先生は入って こなかった。 先生、どうして? 正しい答えを知っているはずなのに…。 「大丈夫です。先生は、必ず戻ります」 私に言ったルークの顔も、心配そうだった。 と、天井から突然ガラガラ…という音と共に、柵が2つ降りてきた。 私たち4人はあっという間に柵と壁の間に閉じ込められてしまった。 「なぜだ!? ここは正解の部屋のはずだぞ!!」 ブロックさんが叫んだ。 バルコニーから、何者かが侵入してきた。 カーテン越しに男のシルエットが浮かび上がった。 出てきたのは、マントを身につけた仮面の男─── |
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「おまえは!」 ルークの声が、私を驚かせた。 「ルーク、あの人を知ってるの!?」 「いったい何者なんだ?」 ブロックさんが尋ねた。 仮面の男は、自らをこう紹介した。 「私はデスコール。高き志を抱いた一科学者とでもいっておこう」 デスコールが慇懃無礼にお辞儀をすると、部下の男たちが現れた。 いったい私たちをどうする気なのか…。 「さて皆さま、主催者の意向により、ゲームはここで終了とさせていただきます」 私たちは皆驚いた。 「勝ち残った最後の1人が、永遠の命を得られるルールのはずだろう?」 「何を企んでいる、デスコール!」 ブロックさんとルークがデスコールたちを睨みつけた。 が、デスコールはかまわず続けた。 |
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「アムリーさんを、こちらへ」 まさか、アムリーさんを??? 「な、何なの?」 アムリーさんが戸惑い、後ずさった。 柵の鍵を開け、デスコールの部下たちが入ってきた。 「アムリーさんをどうする気だ!?」 ルークが叫んだ。 ダメっ、アムリーさんは絶対に渡せない。 私は、アムリーさんに手をかけるデスコールの部下に、渾身の力を込めて掴みかかった。 が、いともたやすく弾き飛ばされてしまった。 「ジェニスさん!」 ルークが私を受け止めてくれた。 自分の非力さに恐怖を覚えた。 アムリーさんを守らなければならないのに!! 二度と繰り返してはいけないのに!! |
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デスコールと去っていくアムリーさんの背中に私は誓った。 待ってて、アムリーさん! 必ず、必ず助けるから! あぁ、レイトン先生がいてくれたら……。
デスコールの部下に追いたてられるように、私とルークとブロックさんは廊下を歩かされていた。 どこにいくのか、何が待っているのか、先のことは全く見えない。 私は、アムリーさんを助けることしか考えていなかった。 背後にいるデスコールの部下たちの様子をうかがうと、タイミングをはかってルークに目配せし た。 今よ、と。 ルークは頷き、突然その場にうずくまった。 「つつつ…」 痛そうな声を出す。 部下たちの注意が、ルークに集まった。 |
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その時を逃さず、私は目の前にいた部下の男に体当たりした。 すかさずルークが足をひっかけ、男を倒した。 「こっちよ!」 ルークと一緒に全速力で駆けだした。 お願いブロックさん、あなたも逃げて! 心の中で祈った。 行くべきところはわかっている。 おそらくそこにアムリーさんもいるはず!! 急がないと…。 と、廊下の前方に突然柵が降り、行く手が塞がれた。 デスコールの部下たちが数を増した。 背後を見ると、そこにも部下たちが迫っている。 どこにも逃げ場がない…? 私は焦った。 その時、だ。 |
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一瞬私を見たルークが、男たちに向かって駆けだしたのは! 「ジェニスさんは、ボクが守ります!」 「ルーク!」 あなたはまだ10歳の子供なのに…。 ルークはレイトン先生から紳士としての振る舞いをちゃんと学んでいるのね。 胸がいっぱいになった。 「たぁっ、たぁっ、とぁっ!」 ルークは渾身の力を込めて、黒服に立ち向かい、パンチやキックを繰り返し相手に放った。 自分より何倍も体の大きな男たちに…。 ありがとう、ルーク。 あぁ、どうしたらあなたを守れるのかしら…。 「うわぁ~~~っ」 とうとうルークが投げ飛ばされてしまった。 ルークッ!! とその時、ふいに現れた黄色い服の女性が、ルークを軽々とキャッチした。 |
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「レミさん!」 ルークがうれしそうな声を出した。 よかった…ルークの知り合いらしい。 「お待たせ、助手2号くん」 レミさんの言葉に、ルークは子供らしいふくれっ面で抗議した。 「一番弟子です!」 その時もう1人、男の人が現れた。 「スコットランドヤードのグロスキーだ! おまえらまとめて逮捕する!」 応える間もなく、レミさんとグロスキー警部はデスコールの部下たちを次々と倒していった。 グロスキー警部も強かったけれど、私はレミさんの強さに驚き、茫然と見守ることしかできなかっ た。 こんなに身のこなしが軽く、しなやかな女性を私はレミさんの他に知らない。 あっと言う間にデスコールの部下は全員倒されていた。 懐かしい声が響いた。 「みんな、大丈夫か!?」 |
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「レイトン先生!」 よかった……。 無事だったのね、レイトン先生。 レイトン先生はミリーナの手をしっかりと握り、駆けてくる。 レミさんが叫んだ。 「ニナ!」 「ニナ?」 ルークが不思議そうに繰り返した。 ニナ…。あなたの本当の名前は、ニナなの…? 永遠の命を手に入れたミリーナではなく…。 「あなたのパパとママに会ってきたのよ」 レミさんの言葉に、ニナの顔がパッと輝いた。 「パパとママに?」 ニナの声には、以前のような怒りの感情は全く感じられない。 本当に、よかった…。 |
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「先生、アムリーさんがデスコールに!!」 説明は、レイトン先生には必要なかった。 レイトン先生は「あぁ」と頷くと、私を見た。 先生の顔を見つめ返しながら、私は安堵感が体じゅうに広がっていくのを感じた。 「さぁ、急ごう」 先生の手が、私に差し伸べられた。 何も言われなくても、私にはわかった。 レイトン先生は、永遠の命のナゾを解いてくださったのだ、と…。 先生に手紙を出したことは、間違いではなかった。 心からの信頼と感謝の気持ちを胸に、私は先生の手をとった。 |
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* デトラガン ボクたちは黒い城の中を走った。 先頭を走っているレイトン先生とジェニスさんは、まるで行き先がどこなのかちゃんとわかって いるようだった。 迷いもせず、継ぎはぎだらけの迷路のような黒い城の中を、駆け抜けていく。 やがて、突き当たりに、ある扉が見えてきた。 「あそこです!」 レイトン先生は迷いもせず、扉を開けて中へと飛び込んでいった。 もちろん、ジェニスさん、ボク、レミさんとニナ、グロスキー警部も後に続き飛び込んだ。 そこに…!! ───デスコールとデスコールの部下、そしてなぜか……。 ウィスラーさんがいた。 なぜここにウィスラーさんが? ウィスラーさんは嫌がるアムリーさんを捕まえ、彼女の頭に無理やり妙なメカをかぶせようとし |
* The Detragan* * * * * |
ている。 「ま、待って! 私は永遠の命を、私のおじいちゃんにあげたいの! おじいちゃんはもう1か月 もたないってお医者様が…。永遠の命って秘薬かなんかじゃないの? なら、おじいちゃんを連れ てこないと…」 「それは認められません」 「やめて!」 アムリーさんは必死に抵抗している。 レイトン先生が叫んだ。 「やめるんだ!」 ウィスラーさんが驚きこちらを見た時には、レミさんの蹴りが、デスコールの部下たちに決まっ ていた。 ボクはアムリーさんに駆け寄った。 同時にアムリーさんが頭にかぶせられたメカを外した。 レミさんの次なる犠牲者が自分の方へ飛んできたのを見たウィスラーさんは、悲鳴を上げて逃げ た。 |
* * * * * |
「ウィスラーさん、あなたは勝利者に『永遠の命』などを与えるつもりは毛頭ないはずだ。あなた がやろうとしていることは、永遠の命を与えるどころか、命を奪うことに等しい!」 「何を根拠にそんなことを…」 ウィスラーさんが落ち着きはらって言った。 「私は、やっと辿り着くことができたのです。このゲームに隠された恐るべき真実にね」 やった! ついにナゾを解いたのですね? 「どういうことですか、先生!?」 ボクは思わず叫んでいた。 レイトン先生はウィスラーさんをジッと見つめながら、話しを続けた。 「1年前あなたは、ミリーナさんの死期が近づいているというのに…いや、近づいているからこそ、 多額のお金を投じて、大規模音楽演奏装置『デトラガン』を作り上げた。それを手伝ったのが…そ こにいるデスコールという名の科学者です」 先生は、厳しい目をデスコールに向けた。 デスコールがニヤリ…ふてぶてしい笑みを浮かべた。 「デトラガンはただの楽器ではありません。記憶を一時的に記録して、それを他の人の脳にコピー |
* * * * * |
する能力を持った、恐ろしいマシンでもあるんです」 「なんだって!?」 ボクは驚き、目の前にあるデトラガンを見た。 「記憶を、コピーする…だと…?」 グロスキーさんも茫然とデトラガンを見上げている。 レイトン先生はたたみかけるように話し続けた。 「しかし、デトラガンの記憶のコピーは完全ではなかった…。コピー自体はうまくいっても、時間 が経つと徐々に元の記憶がコピーされた記憶を侵食してしまう…。ここにいるニナが、私に教えて くれました」 先生はニナのそばにしゃがみこみ、微笑みかけた。 「君はさっきまで誰と一緒だったのか、もう一度話してくれるかい?」 ニナは元気よく頷いた。 「ミリーナお姉ちゃんよ」 ミ、ミリーナさんと一緒?? どういうことなんだ? |
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レイトン先生は話しだした。 先程、この黒い城の中でニナに起きた出来事を───
レイトン先生は、わざとナゾナンバー004を間違えた後、城の中を調査し、ミリーナさんが暮 らしていた部屋を見つけたのだという。 テラスから見える海の景色が素晴らしい部屋を。 そこにはピアノが置かれ、譜面台に書きかけの楽譜が置かれていた。 タイトルは『海の歌』。 ボクはハッとなった。 ───「海が教えてくれたの」 海岸で聴いた歌を思い出した。 そこにニナが…いや、その時はミリーナと名乗っていた少女が現れた。 「君に会いにきたんだ、ミリーナ」 そう言う先生に、少女は怒りを爆発させた。 「私の…私の邪魔をしないで!」 |
* * * * * |
逃げ出そうとする少女を引きとめたのは、先生がピアノでつま弾いた『海の歌』のメロディだっ た。 落ち着きを取り戻した少女に、先生は語りかけた。 「君はいつからここに暮らしていたんだい?」 「私…病気だったの。ここの気候は体にいいからって、パパがこの島に連れてきてくれたわ。だか ら私、こんなに元気になって…」 「元気に…? 元気になったのではなく、永遠の命を手に入れて生まれ変わったと聞いているが …?」 「そう…生まれ変わったの…。私…病気で死んで…!」 少女は苦しそうに顔を歪め、頭を抱えた。 「死んでなんかいない、元気よ! 私、連れてこられて…言っちゃだめ!! 気づかれてしまう…し ーっ」 その時の言葉は、まるで2人の人が話しているようだったそうだ。 7歳の幼い少女と、彼女と共に存在している、ミリーナと名乗る大人の女性と…。 「ミリーナ?」 |
* * * * * |
「ミリーナじゃない! そう、ミリーナよ! 違う…おうちに帰りたい! やめて!」 「君は…」
苦しげな少女の様子を目の当たりにするうち、ナゾは瞬く間に解けていった…と先生は言った。 デトラガンにより、どんな恐ろしい実験が重ねられていったのかということを。
レイトン先生はウィスラーさんを鋭く見た。 「失敗を繰り返したあなたは、ミリーナさんの記憶を受け入れられる脳を持つ『完全なる適合者』 を必死に探したのです。アムリーさんのように若く優秀な女性に招待状を送ったのもそのため…」 そして、視線をデスコールに移した。 「永遠の命を得るためと皆を騙したあのゲームは、おそらくデスコールが考えたものでしょう。ウィ スラーさん。あなた自身は、一刻も早くミリーナさんの記憶をコピーしたかったはずですから…」 デスコールが不敵な笑みを浮かべた。 「さすがだな、レイトン。いつから私の存在に気づいていたんだ?」 「予感は早くからあったが、確信を持ったのは、この悪趣味な黒い城を見た時だ。誰が裏で糸を引 | 138 |
いているのか、すぐにわかったよ、デスコール」 「クックックックッ……」 デスコールの狂気じみた笑いに、ボクは心底ぞっとした。 その時! 突然、ウィスラーさんがボクに飛びかかってきた。 「こうなったら、もうおまえでもかまわん!」 抵抗する間もなく、ボクの頭にデトラガンのメカがかぶせられた。 ウィスラーさんは、瞳に狂気を宿し、呟いている。 「ミリーナの記憶を残さなくては…」 冗談じゃない! 「何をする! やめ、わわやめろォォ……!」 声を限りに叫んだ。 でも、ボクの声なんか聞こえていない。 「もう、時間がないんだ!!」 デトラガンのスイッチレバーが下ろされた。 |
* * * * * |
も、もうダメだ~~~~~~っっっ! 叫びたかったけど、声が出なかった。 目の前にあるウィスラーさんの笑顔があまりに怖くて。 …………いったい何秒経っただろう。 その笑顔がふ…っと消えた。 「な、なに!?」 ボクもハッとして周りを見た。 デトラガンの電気が消えていた。 何が起きたのかわからないけど、ボクは助かったんだ。 ウィスラーさんがデトラガンに駆け寄った。 「鍵が…!」 そう呟きながら、半狂乱になってあちこち探している。 「だ、誰がはずした!? 誰だ!? レイトン、貴様か!? えぇっ!?」 鍵が見つからないと、今度はレイトン先生に掴みかかった。 「早くしなければ…デトラガンの中の記憶維持にはタイムリミットがあるのだ!!」 |
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レイトン先生は、冷静にウィスラーさんに話しかけた。 「落ち着いてください、ウィスラーさん。この装置を壊した犯人はわかっています」 ウィスラーさんの動きが止まった。 装置を壊した犯人だって!? 誰かわからないけど、ボクはその犯人に心の中で感謝した。 恐ろしい実験の被験者にならずにすんだのだから。 レイトン先生が話し続けた。 「そして、その『人物』こそが、この一件における不可解な出来事の全てを説明するカギとなって いるのです。あなたの思惑を超えてね…」 待ってました! 先生のこの話し方は、先生がナゾをすべて解き、犯人を指摘する時のものだ。 「だ、誰なんだ、そいつは!」 ウィスラーさんが混乱した様子で尋ねた。 「まだわかりませんか。それは、自らの正体を隠し、あなたの過ちを誰よりも止めたがっていた人 物…」 |
* * * * * |
ボクは驚いた。 「誰よりも止めたがっていた…!?」 止めたがっていた、ってどういうことなんですか? 先生! 「それは……あなただ!」 先生が指差した先にいた犯人は……。 ジェニスさん????? まさか、そんな……。 レイトン先生の声が優しい響きに変わった。 「そろそろ全てを明らかにするときが来たようですね。ジェニス…、いえ、ミリーナさん」 ミリーナさんだって??? ジェニスさん…いや、ミリーナさんは、一度小さく吐息をついた。 そして、まっすぐにウィスラーさんを見た。 「そう、私はミリーナよ」 ウィスラーさんが驚きの声をあげた。 「親友のジェニスの体にいるってはじめて気付いた時は、ショックだったわ…でも、信じられない ことに、ジェニスは私がいることを許してくれたの」 |
* * * * * |
そうか!! ボクは先生が解いたナゾの不思議さに愕然とした。 デトラガンの実験は、成功していたんだ!! ジェニスさんに、ミリーナさんの記憶をコピーした実験が…。 ウィスラーさんは、きっと成功したことに気づいていなかったのだろう。 「ジェニスは、意識の奥に身を引いて、自分の体を私の自由にさせてくれた。私、ずっと病気だっ たから、この体で自由に動き回れることが、すごくうれしくて…」 ☆ ミリーナ・ウィスラー そう…。 私ははっきりと覚えている。 |
* * * ☆ Melina Whistler* * |
自分ではない誰かの体に送り込まれた時の、例えようのない恐怖感、閉塞感、寂寥感…。 隠れる場所を探すけれど、そんなところはどこにもない。 何もかもが冷たくて…息が苦しい。 ここにはいられない! お願い、外に出して!! 必死に叫ぶけれど、私の声は誰にも届かない。 それでも私は、見えない誰かに懇願し続ける。 お願い、私だってここにいたくはないの。でもね、出られないのよ。ここにいるしかない…。 「ミリーナ、ミリーナなの?」 懐かしい声が聞こえた。 聞こえた…というより、感じたのだ。 姿は見えないけれど、ジェニスがすぐそばにいることがわかった。 「ジェニス…?」 「ミリーナ! 信じられない。あなたがこんなにもそばにいるなんて…」 「ごめんなさい、ジェニス! 私はここにいてはいけないの。今すぐ消えるから…。なんとかして、 その方法を見つけるから!」 |
* * * * * |
「ダメよ!」 「ジェニス!?」 「せっかくまた会えたんだもの…。私がどれだけあなたに会いたいと思っていたか、わかる? 親 友であるあなたがいなくなってどれだけ寂しかったか…」 「でもジェニス…」 「いいのミリーナ…。あなたをこのまま行かせるなんてできない」 突然、私は変化を感じた。 恐怖感、寂寥感が消えていく…。 「ジェニス!」 ジェニスの声が遠ざかっていく。 「これはあなたのためじゃない。私のためでもあるの。ミリーナ、あなたにはわからないかもしれ ない。残された者の悲しみや苦しみがどれほど大きいか…」 わかっているわ、ジェニス…。 パパの悲しみや苦しみを、私は身体を失くしてからもなお、感じとってきたんだもの…。 「わかってちょうだい、ミリーナ。二度も親友を失ったら、私の心はきっと壊れてしまう…」 | 145 |
いつの間にか、私はゆっくりと海の波に導かれるように、ジェニスの体に馴染んでいた。 ジェニスの心からの友情に甘えてしまったのだ…。
その時……。 ゆっくりすぎる拍手の音が、私を現実に引き戻した。 デスコールだ。 パパの私への愛を利用して、悪の道へ引き込んだ男…。 「素晴らしい。記憶のコピーが成功していたとはな…。おめでとうウィスラー、君は目的を達成し ていたわけだ」 気づかなかったのも当然だわ、デスコール。 あなたには、ジェニスの優しさは理解できない。 自分を犠牲にして、他人を生かそうとする気高さも。 「な、なんということだ…」 かわいそうなパパ…。 すっかり混乱してしまっている。 |
* * * * * |
私はパパの瞳をまっすぐ見つめた。 理解してほしい。私の気持ちを…。 パパ……。 「いつの頃からか、こんなこと間違ってるって思いはじめた。友達を犠牲にしてまで、生きるわけ にはいかないわ」 気持ちを素直にパパに伝えた。 「私に手紙を出したのも君だね?」 レイトン先生……。 私…いえ、私たち2人で手紙を書いたのよ。 ジェニスの声は今、私には聞こえないけれど、心は通い合っている。 「あなたを選んだのは間違っていなかったわ、レイトン先生。先生ならパパを止められると…止め てほしいと思ったんです」 そうよね、ジェニス? あなたが前に話してくれた通りだった。 『レイトン先生に解けないナゾはないのよ、ミリーナ』って。 |
* * * * * |
「私はいつまでもジェニスの体にはいられない…。でも、あの装置がある限り、パパはきっと記憶 のコピーを続けるでしょう?」 「ミリーナ…」 パパの瞳…ジェニスではなく、私を見ている。 「先生のことは、ジェニスからよく話を聞いていました。ジェニスは……レイトン先生に憧れてた から…」 ごめんね、ジェニス…言ってしまったわ。 あなたに命をもらってすぐ、私は気づいたの。あなたの中で、レイトン先生がどんなに大きな存 在なのかを…。 はじめてクラウン・ペトーネ号で先生と出会った時も…私はあなたが大切にしてきた思い出と共 にいたわ。 ナゾを解いていた時も…。 海岸で先生と話していた時も…。 先生とルークが作った不思議なヘリコプターに乗っていた時も…。 私は決して独りじゃなかった。 |
* * * * * |
パパの声が震えている。 「ミリーナ…、私は…全ておまえのために…」 「ありがとう、パパ…。パパの気持ちには感謝してる。でも…お願い。こんな恐ろしいことはもう やめて」 「愛する娘のいない人生など、どうしても受け入れることができなかったのだ…。だから…」 その時! ガガガガガガ……! 凄まじい音と振動に部屋全体が襲われた。 「先生、天井が!!」 轟音と共に天井が二つに割れていた。 私たちは茫然と佇んだ。 その時。 デスコールが私をさらった。 「ミリーナ!」 デスコールはあっという間に、デトラガンの階段を駆け上ると、私を下ろした。 |
* * * * * |
「何をする気だ、デスコール!?」 同時に飛び出したオオカミの群れが、みんなを取り囲んだ。 オオカミは皆恐ろしい唸り声をあげ、今にも誰かに飛びかかりそうだ。 「何をする気だ、デスコール!?」 「私の真の目的を達成するためには、ミリーナの記憶が必要なのだよ」 私のすぐ横で、デスコールが冷たく言い放った。 「真の目的だと…?」 パパが混乱しながら尋ねた。 私も一緒だわ、パパ。 デスコールの言うことが理解できない。 私の記憶が必要…? どういうこと…? デスコールはマントを翻し、天井を指さした。 「アンブロシアの復活だ!」 天井には、不老不死王国、アンブロシアの紋章が描かれていた。 |
* * * * * |
「全てはアンブロシアの完全な紋章を発見した時に始まった…」 デスコールは、レイトン先生に見下すような視線を向けた。 「レイトン君、君にはこの紋章に引かれた線が何を表しているのかわかるかな?」 紋章には王と王妃を思わせるデザインと、それを取り巻くように、いくつもの線や点、ギザギザ 模様などが描かれている。 レイトン先生がハッと目をみはった。 「……楽譜か!」 「その通り。アンブロシア流のね」 デスコールはデトラガンに歩み寄り、楽譜へ手を伸ばした。 「つまり、紋章にはアンブロシアへの扉を開く、1つ目の鍵、『星の歌』とも言うべき曲が刻まれ ているのだ」 「『星の歌』…!?」 ルークが繰り返した。 「2つ目の鍵が君だ、ミリーナ」 デスコールの言葉に私は耳を疑った。 |
* * * * * |
「私が…2つ目の鍵…?」 アンブロシアの復活とか鍵とか…わけがわからない。 「1つ目の鍵だけではアンブロシアを復活させることはできなかった。そして私は気づいたのだ。 紋章には2つ目の鍵の存在が暗示されていると…」 「『海の歌』!」 レイトン先生の声が響いた。 デスコールは、ゆっくりと私の手を取った。 氷のような笑みを浮かべている。 その手も、笑みと同じように冷たかった。 「星と海、2つのメロディが合わさる時、アンブロシアは復活するのだ」 「気づかなかった…奴が王国そのものを狙っていたとは…」 パパががっくりうなだれた。 「紋章のナゾを解いた時、2つ目の鍵、『海の歌』を正確に記憶しているただ1人の人物は、もう 歌うことができなかった…」 |
* * * * * |
そういうことだったの。 『海の歌』……それは、アンブロシアの海が、私に教えてくれた歌だ。 病気療養の為、この島に移り住んでから、私は毎日、海を眺めて過ごした。 海岸を散歩しながら…。 あるいは、バルコニーに立ち、潮風を全身に感じながら…。 海が私に届けてくれるメロディに気づくのに、そう時間はかからなかった。 海岸から突き出した岩礁を通り過ぎる風が、毎日同じ歌を歌ってくれるのだ。 打ち寄せる波がそのメロディに重なり、アンサンブルのようで心地よかった。
♪ ルルルル~ ルルルル~ ルルルルルルル ルルルルル~
とても美しく、どこか懐かしいそのメロディを、私は無意識に口ずさむようになった。 海と歌を合わせる時は、心からの癒しを感じた。 |
* * * * * |
見えない音楽のシャワーに包まれ、幸せだった。
デスコールがデトラガンのレバーに手をかけた。 「が、記憶は残されていた…。完璧なる記憶のコピーを、私はウィスラー以上に望んでいたのだ!」 ガチャン! レバーが下ろされた途端、階段が爆発し、壁に閃光が走った。 爆発による煙が、私の視界を遮った………。 * 星の歌・海の歌 デスコールが起こした爆発の衝撃で、ボクは床に転がってしまった。 一面を白くした爆煙が薄れた時、ボクの目に映ったのは、デスコールと共にデトラガンごと上昇 |
* * * * Song of the Stars, Song of the Sea* * |
していくジェニスさんの姿だった。 「ジェニスさん!」 ボクはジェニスさんを助けようと駆けだした。 けれどその時、オオカミが1匹ボクに飛びかかってきた。 「わぁっ!」 不覚だ。 ボクは倒れたままオオカミの足で抑え込まれてしまった。 オオカミたちは群れをなし、唸りながらボクたちを取り囲んでいる。 「気をつけて、みんな!」 レミさんが叫んだ。 「やめて!」 上昇していくデトラガンから、ジェニスさんの声が聞こえる。 「彼らを助けてほしければ、歌うのだ、ミリーナ!」 そうか…ジェニスさんじゃない…ミリーナさんなんだ…! でも、ジェニスさんでもあって…。 |
* * * * * |
デトラガンの上昇が止まった。 「さぁ、ここが君のためのラストステージだ」 ラストステージだって? ラストになんかさせるものか! 必ず、必ずボクが助けてみせる! その時、荘厳なデトラガンの音色が響き渡った。 デスコールが弾いているのだ。 これが『星の歌』なのか……? 今にもオオカミに食いちぎられるか、という危機の中でも、つい聴き入ってしまう不思議なメロ ディだった。 物悲しく、純粋で……。 「歌うのだミリーナ、海の歌を!」 必死にもがいた。 ミリーナさんに危機が迫っているというのに、オオカミ1匹に手こずっている場合じゃない。 でも、オオカミは重く、ビクともしない。 「さぁ、ミリーナ!」 |
* * * * * |
再び『星の歌』のメロディが響き渡った。 そして、美しい歌声が、そのメロディに重なった。 『海の歌』……。 まだ、ミリーナさんの記憶と共にあった時のニナが、海辺で歌ってくれた歌だ。 あの時もきれいな歌だと思ったけれど、デトラガンの『星の歌』と調和し響く歌声は、美しいな んて平凡な言葉では表せない…。 途端、激しい震動が黒い城を襲った。 な、何が起きたんだ!? オオカミたちも驚き、ボクたちから気を逸らした。 レミさんはその一瞬の隙を逃さず、ボクにのしかかっていたオオカミに手刀を決めた。 衝撃で、オオカミの耳に取り付けられていたメカが壊れた。 デスコールは、メカでオオカミを操っていたんだ。 動物たちを悪いことに使うなんて…許せない! レミさんは、次々にオオカミたちを倒していく。 オオカミを背負って投げたり、回し投げを決めたり…本当にレミさんの格闘の腕前は素晴らしい。 |
* * * * * |
先生がボクに駆け寄り、立ち上がるのに手を貸してくれた。 「大丈夫か、ルーク!?」 その時起こった、ひときわ激しい揺れに、ボクたちは立っているのもやっとだった。 「復活するぞ! アンブロシアが!!」 デスコールの声が響くや、周囲の壁が音を立てて崩れ始めた。 黒い城が、ガラガラ…と瞬く間に崩壊していく。 「出口まで走るんだ!」 レミさん、ウィスラーさん、アムリーさん、ニナとグロスキー警部が先に走った。 ボクとレイトン先生は、崩れていく床に追い立てられながら後を追った。 少しでも遅ければ、奈落の底に落ちるのは必至だ。 かろうじてボクたちは皆に追いつき、そのまま一緒に出口を目指した。 |
* * * * * |
* デトラギガント ボクたちは、崩壊していく黒い城から、海岸へと逃げ出した。 激しい揺れは、嘘のように収まっていた。 海は穏やかで、波打つことさえ忘れてしまったかのようだ。 デスコールの声が、静けさを破った。 「なぜだ!? なぜ復活しない!! もう一度だ! 歌え! 歌うんだ!!」 再びデトラガンが『星の歌』を奏でだした。 先程より激しい音色が、デスコールの狂乱ぶりを感じさせる。 その時、ボクはそばにいる先生の顔を見て、ハッとした。 先生は今、ナゾを解いているんだとわかった。 ナゾに全神経を集中させている時の先生は、気軽に話しかけられない独特な空気に包まれている んだ。 でも、いったい今は何のナゾを解いているんだろう……? 「そうか!」 |
* The Detragigant* * * * * |
ナゾを解いた先生が大きな声を出した。 デトラガンの音が突然聞こえなくなった。 辺りは再び静けさに包まれた。 やがて、遠くからデスコールの不気味な笑い声が聞こえてきた。 「なぜだ…なぜ……くくくくく……」 こんな恐ろしい笑い声は聞いたことがない。 絶望と、狂気と、野望が入り混じっている。 次の瞬間、デスコールは叫んだ。 「王国の扉が開かぬなら、私の手でこじ開けるまで!」 デトラガンが叫び声を上げた。 デスコールが弾いたのだが、ボクの耳には獣の咆哮のように聞こえたのだ。 信じられないことが起きた。 デトラガンの鍵盤の横から、恐ろしい武器が飛び出した。 反対からも同じようにメカの武器が!! デトラガンの…いや、残っていた黒い城のあちこちで光がフラッシュした。 |
* * * * * |
光は次第に強く輝き、隙間から外へ飛び出してくる。 突然、城の壁の一部が割れた。 黒い城が変形し始めた。 ブロックがあちこちに移動し、アームのようなパーツが起き上がり、コードやパイプ、ワイヤー が引き上げられていく。 そして、デトラガンと切り離された城は一気に崩壊していった。 ボクたちは、その様子を、ただ茫然と見つめるしかなかった。 崩れていく城の奥に、巨大なシルエットが現れた。 「何だ、ありゃあ…」 「何て大きさ…」 グロスキー警部とレミさんが、みんなの気持ちを代弁した。 「先生、デスコールはいったい何を!?」 ボクは尋ねた。 先生が答えるより先に、デスコールの叫び声が響いた。 「行けっ! デトラギガント!」 |
* * * * * |
デトラギガント?? そうか、デトラガンと黒い城が合体したこのメカを、デスコールはそう名付けたのか…。 確かに、イメージにぴったりなネーミングではある。 デトラギガントがゆっくりと一歩足を踏み出した。 次の瞬間、ジャンプし、湖へと降下していく。 バシャ~~~~~ン!!! 高い水しぶきを上げ、デトラギガントが湖底へ着地した。 そのまま、止まることなく前進し続ける。 海へ向かって。 「ミリーナ、ミリーナ~!」 駆けだそうとするウィスラーさんを、レミさんが止めた。 「誰か、ミリーナを!!」 レイトン先生が呟いた。 「王国の力を借りれば…!」 王国の力を…? |
* * * * * |
いったいどういうことだろう? 先生が駆けだした。 「レミ、みんなを頼む! いくぞ、ルーク!」 「はいっ!」 答えるより先にボクは先生を追って駆けだしていた。
暴れ回るデトラギガントの上で、私はただ怯えることしかできなかった。 レイトン先生に手紙を書いた時、こんなことになるとは思ってもみなかった。 まさか、デスコールの狙いが、不老不死王国アンブロシアそのものだったとは…。 デスコールは狂ったようにデトラギガントを操っていた。 私がいることなど忘れてしまっているのだろう。 1つ目の鍵も、2つ目の鍵も、アンブロシアを目覚めさせることはできなかったのだから。 「出てこいアンブロシア! その宝と技術を私に捧げるのだ!」 デスコールの操縦で、デトラギガントは森を掘り返し、ドリルで大地を傷つけ、破壊の限りを尽 |
* * * * * |
くした。 「さぁ、姿を現せ!!」 アンブロシア……このままでは、私を癒してくれたこの島が跡形もなくなってしまう。 デスコールへの、怒りがこみ上げてきた。 何をしているの? あなたにアンブロシアを破壊する権利などない! あなたが王国を目覚めさせられないのも無理はないわ。 その時! 私たちの方へ向かってくる小型ヘリコプターが目に飛び込んできた。 「あれは!!」 レイトン先生とルーク! 3人であのヘリに乗り、黒い城に辿りついた時のことが脳裏をよぎった。 私の人生…ジェニスと共に生きている今を含めて…の中で、一番素敵だったあの時……。 「面白い…そんなポンコツで対抗する気とは!!」 デスコールが冷たい笑みをうかべた。 |
* * * * * |
「ミリーナさん!!」 私の…名を呼ぶルークの声が聞こえた。 「邪魔する者は、消えてもらおう!!」 デスコールの操縦で、デトラギガントの回転ショベルが小型ヘリに襲いかかった。 「わ~~~っ!」 ルーク! 危ないっ! よけて!! 微かに高度を上げ、小型ヘリは危機一髪、回転ショベルを回避した。 よかった! 「フハハハハハハ……」 デスコールはこの状況を明らかに楽しんでいる。 小型ヘリを破壊しようと、レバーを操る横顔が、オモチャに興じる子供のようだ。 相手は先生とルーク…生きた人間の命だというのに。 再び、強い怒りがこみ上げてきた。 「やめて!」 |
* * * * * |
レバーを操るデスコールの腕に飛びかかった。 「くつ!」 先生とルークを守らなければ! 必死にしがみついた。 が、デスコールの力にはかなわなかった。 「邪魔をするな!」 すごい力で振り払われ、私はデトラギガントの体の上を転がり落ちてしまった。 咄嗟に伸ばした指がパイプの1つに引っかかった。 渾身の力を指に込め、なんとかぶら下がることができた。 すぐ下、排気口から熱せられた空気が吐き出されている。 熱い……。 |
* * * * * |
* 不老不死王国・アンブロシア 「先生! ボクがミリーナさんを助けます!」 ボクは叫んだ。 ミリーナさんがデトラギガントの体にぶらさがっている。 早く助けないと! 「だめだ、キケンすぎる!」 先生が苦しげに言った。 その時片手が離れ、バランスを失ったミリーナさんは、今にも落ちそうに大きく揺れた。 時間がない! 「大丈夫! 信じてください、先生! ボクだって…」 ミリーナさんを助けないと! 「未来の英国紳士ですッ!」 声を限りに叫んだ。 一瞬の沈黙の後、先生はうなずいた。 |
* The Immortal Kingdom, Ambrosia* * * * * |
「任せたぞ、ルーク!」 先生は、小型ヘリの進路を、海へと進むデトラギガントへ定めた。 ヘリを加速させ、デトラギガントの足の間をすり抜けた。 そのまま浮上し、後ろ向きのままデトラギガントに近づいていく。 「これが精一杯だ!」 「充分です!」 怖い、という気持ちは全く湧いてこなかった。 ボク自身、そのことに驚きながら、デトラギガントへ飛び移るタイミングをはかった。 次の瞬間、身体が宙へ飛び出していた。 「たぁぁぁぁ~~~~~っ!!」 ボクは目標を大きくはずれ、ミリーナさんからかなり離れたところにかろうじて着地した。 それからのことはただただ必死で……。 転がり落ちたり、捕まったパイプが外れて放りだされたり…。 「頑張ってください、ミリーナさん! 今、助けにいきます!!」 叫んだけれど、頑張らなければいけないのは、ボクの方だったのかもしれない。 | 168 |
回転ショベルの円盤の上で走ったボクは、かなり目が回っていた。 それでもなんとこかそこを脱出し、少しずつ少しずつミリーナさんに近づいていった。 片手でぶらさがっているミリーナさんしか、ボクの目には見えていなかった。 その瞳が心配そうにボクを見守っている。 心配いりません、ミリーナさん! ボクは、必ずあなたを助けてみせます!! 少しずつミリーナさんに近づいていく。 あと少し…あと…。 その時、デスコールの声が聞こえた。 「ルーク・トライトン…生意気な坊やだ!!」 デトラギガントの巨大ドリルが、すさまじいスピードでボクに向かって迫ってきた。 ドリルがミリーナさんの姿を覆い隠した。 邪魔をするな! ボクはミリーナさんを助けるんだ!! 不思議なことに、今もまだ、ボクは恐怖を感じない。 ドリルはもう、目の前だ。 |
* * * * * |
「ル~~~~~~ク!!」 刹那、小型ヘリがドリルに体当たりした。 その衝撃で、ドリルの軌道がずれた。 今だ! ボクは一気にミリーナさんのもとへ向かった。 ミリーナさんを安全なところへ導いた。 「あ、ありがとう、ルーク」 ミリーナさんの言葉を聞いたボクは、自然笑顔になった。 「こ、これくらい、大したことじゃありません!!」 かなり息が切れていたのが情けなかったけど。 頭上で、大爆発が起こった。 小型ヘリとドリルが共に炎上した。 「レ、レイトン先生!!」 ま、まさか、先生、今の爆発で…??? 「ははは…砕け散ったか…」 |
* * * * * |
デスコールの声が聞こえた。 先生! 先生! その時、だ。 「見て、ルーク!」 ミリーナさんが指をさした。 デトラギガントから突き出したパイプに、レイトン先生がぶら下がっていた。 「先生…」 ほっと胸をなでおろした。 先生は身体を軽く前後に振ると、勢いをつけてデトラギガントのコクピット部分に辿りついた。 「運のいいやつだ…」 デスコールの声がする。 デスコールが剣を抜き、先生に襲いかかった。 先生はパイプを抜き取り、武器にした。 剣VSパイプ…の一騎打ちが始まった。 カキーン、シャキーン! | 171 |
レイトン先生のフェンシングの腕はかなりのものだが、デスコールも負けていなかった。 いや、デスコールの方がおしていたかもしれない。 「未熟な…」 デスコールの言葉に、レイトン先生は落ち着きはらってこう言った。 「それはどうかな? デスコール」 「なに?」 「───紋章のナゾだよ」 紋章のナゾ? いったいどういうことなんだろう? レイトン先生が続けた。 「確かに、君はナゾを途中までは解いている」 「途中まで…だと?」 デスコールの声の調子が変わった。 「星と海が歌うだけでは足りないんだ」 「な、何!?」 「復活させるための鍵は、3つあるんだよ、デスコール!」 |
* * * * * |
先生は、紋章が描かれた楽譜に歩み寄った。 「君の過ちは、紋章を一方的な見方しかできなかったことにある…」 楽譜を手に取ると、ゆっくり…デスコールに向け回転させた。 「星の楽譜を逆さまにすることで現れる、第3のメロディ…」 デスコールが愕然と目をみはった。 「太陽!?」 「そう、3番目の鍵は…『太陽の歌』だ!」 ボクはやっとのことで理解した。 先生が解いていたのは、このナゾだったんだ!! 「太陽が歌わないかぎり、アンブロシアに夜明けは訪れないんだよ、デスコール」 そう言うと、先生は第一のメロディ、『星の歌』を弾き始めた。 「ミリーナ、『海の歌』を!」 「は、はい!」 ボクの横で、ミリーナさんが歌い始めた。 溶け合い響く、2つのメロディ。 |
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ここまでは、先ほどデスコールが弾いたものと同じだ。 続いてレイトン先生は、紋章をゆっくりと180度回転させ、あいていた左手で第三のメロディ を弾き始めた。 『太陽の歌』……。 星、海、太陽。 アンブロシア王国の紋章に刻まれた3つの象徴が重なった。 厚みを増した美しいメロディが周囲を満たした。 すると、信じられないことが起こった。 海の底に光がまたたき始めたのだ。 光は始めのうち弱く、次第に輝きを増し、水紋のように海面を広がっていく。 まるで、レイトン先生とミリーナさんの奏でる音楽に応えるかのように…。 先生は、光る海を眺めながら演奏を続けた。 ミリーナさんは一心不乱に歌い続けた。 やがて、光る海がせり上がり、湧き立つ波の中から、遺跡が姿を現した。 同時に海の光が弾け、光の雨のように、ボクたちの上に降り注いだ。 |
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こんな美しい光景を、ボクは見たことがなかった。 この遺跡がアンブロシア王国なのだ。 ボクは、はるか昔のアンブロシアへ思いを馳せた。 王国の民に慕われた女王は、どこで皆への愛を歌ったのだろう? そして、永遠の命のナゾとは……? 王国の遺跡は、浮上し終えると、静かに停止した。 レイトン先生とミリーナさんも、ゆっくりと音楽を奏でるのを止めた。 再びデトラギガントのレバーに手をかけた時、デスコールの剣が先生を襲った。 「レイトォォォンッ!!」 憎しみに我を忘れたデスコールが、先生を突き飛ばそうと襲いかかった。 「どけッ!」 2人はデトラガンの上にのしかかるようにしてもみ合った。 激しく争ううち、デトラガンが次々破壊されていく。 デスコールは、そんなことにはおかまいなく、レイトン先生を攻撃する。 「アンブロシアは…」 |
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レイトン先生もデスコールを抑えようと必死だ。 デスコールが叫んだ。 「アンブロシアは、私がこの手で調査するッ!」 ついに、デトラガンにスパークが走った。 スパークは亀裂のようにデトラギガントの全身に広がっていった。 途端、デトラギガントは狂ったように自らを破壊し始めた。 意味のない動きや自己破壊行動により、内部のあちこちが爆発していく。 デトラギガントの激しい動きに、レイトン先生とデスコールがバランスを崩した。 先生がその場に倒れこんだ。 デスコールはバランスを崩したまま逃げ場を探したが、ついによろめき落下してしまった。 「あぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」 断末魔のような悲鳴が響いた。 「デスコール!!」 先生が慌てて下方を覗き見た。 ボクも、デスコールが落ちたと思われる辺りを上から探した。 |
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が、デスコールの姿はどこにもなかった。 助かったのだろうか…? 気がつくとミリーナさんもまた、凍りついた表情で下を見ていた。 「デスコールはいったい……?」 「わかりません…」 そう言うことしかできなかった。 代わりにミリーナさんの手をとり、元気づけようと微笑んだ。 「さ、いきましょう。先生のところへ」 「はい」 ミリーナさんが頷いた。 2人揃って、先生のところへ走った。 「教授!」 レミさんの声に気づき見ると、移動するデトラギガントの後を駆けてくるレミさんたちが見えた。 「この様子だと、あの化けもんが爆発するのも時間の問題だぞ!」 グロスキー警部が叫んだ。 |
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確かに、デトラギガントはもはや崩壊寸前、あちこちがバチバチッ…とスパークし、炎が上がっ ている。 時折デトラギガントの一部が、瓦礫と化し、落下した。 「早く逃げて~ッ!」 アムリーさんも心配そうに叫んだ。 「どうするんですか、先生!?」 残ったレバーを操作しようとしている先生に、ボクは尋ねた。 同時に、デトラギガントが大きく進行方向を変えた。 前方に崖が見えてきた。 「よし! 行くぞ、ルーク! ミリーナ!」 ボクは大喜びで脱出方法を探した。 その間にも、デトラギガントはまっすぐに歩き続け、ゆっくりと…何の疑いも抱かず、崖の向こ うに足を踏みだした。 ボクたちは、デトラギガントと一緒に奈落の底へと沈む寸前、その肩からジャンプした。 背後で爆発が起きた。 |
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何とか着地したものの、その衝撃をもろに受けた。 「大丈夫!?」 レミさんが駆け寄ってくれた。 ボクが起き上がった時、ウィスラーさんが叫んだ。 「ミリーナ! ミリーナ!」 ハッと見ると、ミリーナさんが気を失っていた。 ミリーナさん! 刹那、デトラギガントが咆哮を上げた…ように思った。 断末魔の咆哮を…。 アンブロシアの遺跡の一部が、デトラギガントに深々と突き刺さっていた。 デトラギガントの全身に走っていた光が消え、機能が急速に停止していく。 同時に、破壊した箇所から、瓦礫がバラバラ…海に落下していった。 がっくり…海中に沈んでいったデトラギガントの残骸は、まるで王国に祈りをささげているかの ようだ。 オペラ『永遠の王国』で見た、女王に祈りを捧げた民たちをボクは思いだしていた。 |
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* 永遠の歌姫 私の名を呼ぶパパの声が遠くから聞こえた。 波が必ず浜辺へ戻っていくように、私の意識もまた戻った。 心配そうなパパの顔が目に飛び込んできた。 ベッドの上から何度も何度も見てきた、悲しそうな顔…。 「パパ…」 「ミリーナ! よかった、お前が無事で!」 パパの温かい手が私を抱きしめた。 「もうどこへも行かんでくれ! 私を置いてどこへも!」 私を置いて…。 |
* The Eternal Diva* * * * * |
「約束しただろう。私がお前を守ってやる。さぁ一緒に帰ろう。また2人でピアノを弾いて歌を…」 私に何も話させまいとするように、パパは立て続けに言葉を並べた。 でも。 伝えなければならない。 私の気持ちを…。 「ごめんなさい」 パパの言葉を遮った。 「私は死ぬ前も、そして今もまだパパを悲しませ、苦しめ続けている…」 「そんな! ひどいのは私の方だ! お前を救えなかった」 「運命だったのよ。パパのせいじゃない」 「だが! 私はお前を…」 パパの手を取り、祈りながらパパに言った。 「パパにはもう、新しい人生を歩んで欲しい…」 パパが愕然と瞳をみはった。 「新しい人生などいらん!」 |
* * * * * |
手が振り払われた。 パパの瞳に涙が溢れた。 レイトン先生やルークたちは黙って私たちを見守ってくれている。 私はパパに微笑んだ。 精一杯の祈りを込めて。 「……私…わかったの」 まるで父と娘の立場が逆転したみたいに、優しく言い聞かせた。 「たとえ私のすべてが消えたとしても、私の思いはずっと生き続けるって…」 ビクッとパパの身体がこわばった。 可哀そうなパパ。 こんなに怯えて…。 「私はこれからもパパと一緒よ。ただ、目には見えないの…」 「それ以上言うな。言わないでくれ、ミリーナぁぁぁぁ………」 「パパ、演奏会に出かける時、いつも言ってくれたでしょう?」 私はパパと2人過ごした日々に思いを馳せた。 | 182 |
そんなに昔のことではないはずなのに、とても長い時が経ったような気がした。 「パパはどんなに…」 パパもまた遠い目で、言葉を引き継いだ。 「……どんなに離れていても、ピアノを弾く時はいつもおまえのことを思い、身近に感じている…」 「それは、私もパパのことを思っているから…」 幼い頃から、パパのこの言葉を、いったい何度聞いてきただろう。 合言葉のようにパパとこの言葉を交わす時、私はいつも『愛されている』と、とても幸せな気持 ちで満たされた。 わかって、パパ。 「それと一緒なの。パパが私のことを思い出してくれた時、私はパパのそばにいる…」 私が何を言いたいのか、パパはやっと理解してくれたようだった。 物言いたげに口を開くが、言葉が見つからないのか、ただ私を見つめ続けている。 パパからそっと体を離した。 「お別れよ、パパ」 笑顔よミリーナ。 |
* * * * * |
1年前に別れた時、私は健康的な笑顔をパパに贈ることができなかった。 でも、今度は笑顔をパパに遺したい。 一瞬、涙に邪魔されそうになったけれど、私は笑顔のままパパを見つめた。 「愛してくれて…ありがとう」 本当に…。 こんなにも深い愛情を与えてもらった娘は、他にはいないのではないかしら。 例えその手段が間違ったものであったとしても。 一緒に過ごした時間は短くても、愛情は時間では計れない。 「さ、もう行かなくちゃ」 パパとみんなに背を向け、歩き出した。 私にはもう1人、お礼と別れを告げなければならない人がいる。 立ち止まり、かけがえのない親友の名を呼んだ。 「ジェニス…。長い間、体を借りてしまってごめんね」 ジェニスが、いつの間にかすぐそばにいた。 その声は、彼女らしく温かかった。 |
* * * * * |
「行かないでミリーナ! 行ったらあなたはもう…」 「いいのよジェニス。私は、いてはいけないの。パパのためにも」 胸に下がったペンダントを握りしめた。 「あなたに遺したペンダント…大切にしてくれて嬉しかった…」 「ミリーナ!」 涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちた。 泣かないでジェニス。 元気だった時、私たちいつも笑っていたでしょう? 何をしても、何を話しても、いつもいつも私たち笑顔だった。 だから、今度も……。 涙をぬぐった。 「さよなら…。これからはあなた自身、ジェニス・カトレーンの人生を生きてね」 友達のために、自らを犠牲にすることのできるジェニス。 あなたの気高く純粋な心のおかげで、私は最期にとても素敵な時を過ごすことができたわ。 本当にありがとう。 |
* * * * * |
あなたには、素敵な人生を送ってほしい。 それが、私の心からの願い…。 あと少しだけ…みんなにお別れを言う時間をちょうだいね、ジェニス。 まっすぐにパパを見つめた。 「さよなら、パパ」 「ミリーナ…」 次にルークを……。 「さよなら、ルーク」 そんな悲しい顔をしないで、ルーク。 あなたのように優しくて勇敢な少年を私は知らない。 忘れない、あなたの言葉…。 本当にあなたにぴったり。 「未来の、英国紳士さん」 「ミリーナさん…」 そして……。 |
* * * * * |
私は、レイトン先生の顔を見つめた。 「さよなら、レイトン先生…」 「ミリーナ…」 先生、あなたと過ごした時間が、私にはどれだけ幸せだったか……。 記憶だけ残されたことを嘆いた時もあったけれど、それが私の運命だったとしたら……。 だからこそ、レイトン先生、あなたに会えたのだとしたら……。 私は運命をつかさどる神に、心からの感謝を捧げたい…。
「私の記憶の最後に、あなたを記すことが出来てよかった…」
ジェニスさんが、ハッと目を見開いた。 「ミリーナ? ミリ…」 声は同じなのに、雰囲気がどこか違っていた。 ボクは理解した。 今、目の前にいるのはジェニスさんなのだ、ということを。 |
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ジェニスさんは声もなく涙を流し佇んでいた。 「ジェニス…」 レイトン先生が声をかけた。 「レイトン先生、ミリーナは行ってしまったわ。さっきまで、すぐそばにいたのに…」 先生は、ジェニスさんに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。 行ってしまった…? 違う! 違うんだ!! ボクは思わずジェニスさんに駆け寄っていた。 「ジェニスさん! ミリーナさんは行ってしまったのではありません!」 声を限りに叫んでいた。 「ルーク…」 ジェニスさんは少し驚いたようだった。 でも、ボクの言葉は止まらなかった。 止められなかった。 「たとえ消えてしまっても、思いはずっとそばにいるって…。ミリーナさん、言ってたじゃありま |
* * * * * |
せんか! そうですよね、レイトン先生!」 ミリーナさんは今もすぐそばにいる。 だって、ボクの心の中はミリーナさんへの思いでいっぱいなんだから。 レイトン先生がボクを見て静かに頷いた。 「あぁ…」 ありがとう、先生。 「思いは、ずっとそばに…」 ジェニスさんも頷いた。 「思いは、ずっとそばに…」 アムリーさんが呟いた。 アムリーさんは、死期が近いという、おじいさんのことを考えているのかもしれない。 そうだよ、アムリーさん。 たとえおじいさんの姿は見えなくなっても、アムリーさんがおじいさんのことを思う時、おじい さんはそばにきっといる。 沈黙の中、グロスキー警部が座り込んでいるウィスラーさんに歩み寄った。 |
* * * * * |
「ウィスラーさん、あなたを逮捕します」 ウィスラーさんは、弱々しく頷くと立ち上がった。 その時、何かをみとめ、ハッとなった。 突然、小走りに駆けだした。 デトラガンの残骸と化した鍵盤部分を見つけたのだ。 恐る恐る鍵盤に指を置き、力を込めた。 パイプオルガンに似た音が、響き渡った。 ウィスラーさんは、懇願のまなざしをグロスキー警部に向けた。 「お願いします。最後に1曲だけ…」 グロスキー警部は、無言でその場を離れた。 ウィスラーさんの指が、オペラで弾いた、『永遠の歌姫』の曲を奏で始めた。 ジェニスさんが静かに歩みより、歌い始めた。
♪ 水面に浮かんだ |
* * * * * |
星の光たちはうたう この心はあなたの胸 寄り添いつづける
木漏れ日きらめく 森の雫たちはうたう この瞳はあなたの夢 見て眠るだろう
深い水の底 沈む命たち数えて いつかはこの願いが届くことを信じる
今は永遠の静けさだけたたずませて 愛する者の涙…海に変わる…… |
* * * * * |
デトラガンの音とジェニスさんの歌声はいつまでも続き、アンブロシアの遺跡に降り注いだ。 ボクには、アンブロシアの遺跡が、静かに歌に聴き入る観客のように思えた。 レイトン先生が静かに話し始めた。 「アンブロシアの不老不死とは、永遠の命を得ることではなく、女王の死を悼み、王国そのものが 永遠に眠り続けるということだったんだ…」 不老不死の秘薬は、伝説の中にだけ存在するものだった。 アンブロシア王国には、秘薬などよりもっと強い、女王への愛があったんだ。 王国そのものを、海の底に眠らせるなんて……。 ジェニスさんの歌声は王国の遺跡を越え、水平線へと流れていった。 水平線からは、今にも太陽が顔を出そうとしていた。 その光の輝きが、ジェニスさんのペンダントを捕えた。 不思議なことが起こった。 太陽の光と宝石の光が1つに合わさり、新たな光となって海を照らし返したのだ。 光の粒が、まるでダイヤモンドダストのように、アンブロシア島に舞い落ちてきた。 みんな、驚いて空を見上げた。 |
* * * * * |
降り注ぐ光の粒は、姿を現したアンブロシア王国を祝福しているのではないか、と思った。 一瞬脳裏に、アンブロシア王国の民たちによる、女王を祝福するパレードの光景がよぎった。 光の粒が、パレードの最中、空高く撒かれる花びらと重なった。
『王国の民は、女王の死を深く嘆き悲しんだ。 そして、女王が再び生まれ変わるその日まで、自分たちを永遠の存在にした…』
伝説の言葉を思い出した。 ふと、こんな考えが浮かんだ。 アンブロシア王国に今、女王が帰ってきたんだ、と…。 「先生、ミリーナさんは…アンブロシア女王の生まれ変わりだったのではないでしょうか?」 ボクの言葉を、先生はまっすぐ受け止めてくれた。 「そうかもしれないね、ルーク。王国は今、やっと永い眠りから覚め、新たな時を刻み始めたん だ…」 太陽は今、完全に水平線から抜け出し、王国はまばゆいばかりに光り輝いていた。 |
* * * * * |
「女王の…永遠の歌姫の魂が帰ってきたのだから…」 | “For the queen’s… The eternal diva’s spirit has returned…” 194 |
———ロンドン・現在─── | ——— London・Present ———195 |
* 再会
ジェニスさんの歌声が消えてからも、ボクはしばらく物思いにふけっていた。 3年前。 あの女性に会った瞬間、ボクは恋に落ちた。 相手はボクよりずっと年上の美しい人で…。 あの時、ボクが恋したのはミリーナさんだったのだろうか…。 それともジェニスさんだったのか…。 これは、今もまだ解けぬナゾのひとつだ。 ただ、レイトン先生との初めてのナゾトキの旅が、ボクにとって特別なものであったことだけは 確かだ。
『未来の英国紳士さん』 あの人の声が聞こえたような気がした。 「見てごらん、ルーク」 |
* Reunion
After Janice’s voice faded away, I remained pensive for a while. Three years ago. The moment I met that person, I fell in love. She was a beautiful woman, much older than me… At that time, was it Melina that I fell in love with…? Or was it Janice…? This is one of the puzzles that I have yet to solve. But I am sure that my first puzzle-solving trip with Professor Layton was a special one for me.
‘Future English Gentleman’ I thought I heard that person’s voice. “Look, Luke.” 196 |
レイトン先生の声にボクはハッと我に返った。 先生の手には、オペラ『永遠の王国』のチケットが2枚、握られていた。 本当に、3年前のあの時そっくりだ。 もちろん、チケットにあった会場の名は、『クラウン・ペトーネ劇場』ではなかったけれど。 ウィスラーさんの顔が脳裏に浮かんだ。 グロスキー警部の話では、ウィスラーさんは刑務所で時々ピアノを弾いて、仲間の囚人たちに涙 を流させているそうだ。 オルドネル船長とマルコ・ブロックさんは、あの事件以来すっかり意気投合し、度々一緒に旅を していると風の噂で聞いた。 アムリーさんは今、外国の大学に留学中。 ボクとレイトン先生がアムリーさんのおじいさんのお葬式に出席したことを、今でもとても感謝 していると、この前届いた手紙には書かれていた。 ニナは、時々ここ、グレッセンヘラーカレッジの研究室に遊びにきてくれる。記憶力がとてもよ くて、勉強が得意なニナは、もしかしたら、ボクより早く大学に入学するんじゃないかな…。 ふぅ。ボクも負けていられないぞ。 |
The professor’s voice brought me back to myself. In his hands, were two tickets to the ‘Eternal Kingdom’ opera. Really, it was just like that time from three years ago. Of course, the name of the venue on the ticket was not ‘Crown Petone Theater.’ Mr. Whistler’s face came to my mind. According to Inspector Grosky, Mr. Whistler sometimes plays the piano in prison, bringing tears to the eyes of his fellow prisoners. I heard through the grapevine that Captain O’Donnell and Mr. Marco Brock have hit it off since the incident and often travel together. Amelia is currently studying abroad at a foreign university. The letter I received the other day said that she was still very grateful that the professor and I had attended her grandfather’s funeral. Nina sometimes comes to visit us here at Gressenheller. She has a very good memory and is very good at studying, and I think she may be admitted to the college before me… Hmph. I can’t lose to her either. 197 |
目指せ! 未来の英国ナゾトキ紳士! そうそう、スターバックさんとレイドリー夫人は、ゴシップ誌を散々賑わせた後、ついこの間結 婚式を挙げた。 そして、ボクが今読んでいる本は、アニー・ドレッチーさんの最新ミステリー。 もー、ドキドキわくわくのしっぱなしさ。 アニーさんは、病院で暇を持て余しているバーグランドさんに読ませるために、ミステリーを書 くスピードが俄然速くなったんだ、って、以前ボクに話してくれたっけ…。 コンコン… ドアをノックする音がした。 誰だろう? もしかしたら、新たなナゾトキの依頼者かもしれない。 ボクとレイトン先生は、同時に椅子から立ち上がり、ドアへと向かった。 ドアを開けた途端、ボクの心臓はドキン、と跳ね上がった。 「ジェ、ジェニスさん…」 3年前と変わらない、ジェニスさんの笑顔が、ボクにはとても眩しく思えた…… |
Look out! The future puzzle-solving British gentleman! That’s right, Mr. Starbuck and Mrs. Raidley had their wedding just the other day, after much gossip magazine buzz. And I’m currently reading Annie Dretche’s latest mystery. I’m so excited, I can’t stop reading. Annie once told me that she has been writing mysteries at a much faster pace for Mr. Bargland, who spends his spare time at the hospital, reading… Knock-knock… There was a knock at the door. Who could it be? Perhaps, a client for some new exciting puzzle-solving. The professor and I got up from our chairs at the same time and headed for the door. As soon as I opened the door, my heart skipped a beat. “J-Janice…” I was dazzled by Janice’s smile, the same as it had been three years ago…… 198 |
★小学館ジュニア文庫★ある日、レイトンのもとに、オペラのチケットが同封 この不可解な出来事を解明するため、レイトンはルー | ★Shogakukan Junior Bunko★One day, |