レイトン教授と
さまよえる

Professor Layton and the
Wandering Castle

Can you solve the mysteries!?

【目次】

第一章

町消失

第二章

闇の地下都市

93

第三章

閃光島

153

第四章

からくりの城

239

エピローグ

309

ナゾ制作/小野寺 紳

ナゾイラスト/高村律欧

監修協力/日野晃博(株式会社レベルファイブ)

メインイラスト/長野拓造(株式会社レベルファイブ)

ロゴデザイン/丸屋教子(株式会社レベルファイブ)

装丁/白山 仁 + ベイブリッジ・スタジオ

Can you solve the mysteries?

Index

Chapter 1

The Vanishing Town

Chapter 2

The Underground City of Darkness

93

Chapter 3

Flash Island

153

Chapter 4

The Mechanical Castle

239

Epilogue

309

Puzzle Production: Shin Onodera

Puzzle Illustrations: Ritsu(ro?) Takamura

Editorial Supervision: Akihiro Hino (Level 5 Inc.)

Main Illustrations: Takuzō Nagano (Level 5 Inc.)

Logo Design: Noriko Maruya (Level 5 Inc.)

Binding: Hitoshi Shirayama & Bay Bridge Studio

  

  

  

  

城が空を飛ぶ。 

地球の重力場において、そんなことがありうるのだろうか。 

質量のある物質は落下するという、 万有引ばんゆういんりよくの法則に反するのではないか。

それは空が落ちることと、同じくらいにありえないことではないのか。 

ではあのときに、僕が見たものはなんだったのか。 

夢だったのか、あるいはうつつだったのか。 

あまりに美しく、あまりに恐ろしい、あれはまぼろしだったのか。

  

  

  

  

  

A castle soaring飛ぶ in the sky.

Consideringにおいて the Earth地球’s gravitational field重力場, do you thinkだろうか such a thingそんなこと could be conceivableありうる?

Doesn’t thisではないか transgress反する the law法則 of universal gravitation万有引力, which states thatという matter物質 which hasのある mass質量 must fall落下する?

This isそれは about as同じくらい impossibleありえない a thingこと as the sky collapsing落ちる all of a suddenことと, isn’t it?ではないのか

Thenでは, the thingもの that I saw見た at that timeあのとき, what was itなんだったのか?

Was itだったのか a dream? Or perhapsあるいは, was itだったのか realityうつつ?

Soあまりに beautiful美しく, soあまりに terrifying恐ろしい, wasだったのか thatあれ an illusion?

第一章
町消失

Chapter 1
The Vanishing消失 Town

1

  

  

  

  

  

『ロンドンタイムズ』紙の第一面を、今日もおかしな記事がにぎわせている。

 いちばんの大見出しは、「巨大飛行船の試験飛行」。全長二百四十メートルの世界最大の飛行

船が、ぽっかり空に浮かんでいる写真がっている。『ロンドンタイムズ』のきもりで始めら

れたロンドン=ニューヨーク間の空の定期便運行も、夢の話ではなくなりそうだ。

 その他には「強盗ごうとう団が宝石店をおそう」、「ペニーノサーカス団から象が逃げ出す」などなど。

 きょう津々しんしんの事件は数々あるが、僕にとってのナンバーワンは、やっぱりサーカス団から象

が逃げ出したことだろう。いまだ象は見つかっていないそうだが、いったいどこへ消えてしま

ったのか。象の身体を隠せる場所なんて、ロンドンにあるのだろうか。これこそ近来まれに見

る、最大のなぞと言っていいんじゃないだろうか。

 僕はルーク。かいな事件やなぞを解くのがなにより好きだ。まだまだひよっこではあるが、

エルシャール・レイトン先生の助手でもある。

 レイトン先生のことをご存じだろうか。

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1

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 考古学者にして研究の第一人者。解決した難事件は数知れず、そのあざやかな手並みは

新聞でも取り上げられ、ロンドンっ子の間でちょっとした話題にもなっている。

 の僕は鼻高々だが、レイトン先生はどんなに騒がれてもどこ吹く風で、ほこりっぽい古代

ねんばんやヒエログリフにもれて、研究三味ざんまいの日々を過ごしている。ゆうでウィットに

ジョンブル(英国しん)だが無類の〝なぞ好き〟で、日常生活のなかにおいても、ちょっとした

なぞを探し出すことを欠かさない。

 天気のよい日曜日、僕は『なぞ伝説』という本を片手に、お弁当を持って出かける。

 ロンドン郊外にある丘、ウィンストン・ヒルに吹く風はおだやかだ。なだらかな緑の丘がどこ

までも続き、遠くには草をむ白い羊の姿が点々と見える。熱をはらんだ風とひんやりした風

が交互に丘を渡ってきて、やなぎの枝をさらさらと揺らす。

 ストーンサークルの立ち並ぶこの丘に寝転んでいると、アイディアがつぎつぎに浮かんでく

る。古代のさいに使われていたこの丘は、目には見えないなエネルギーにあふれてい

る。

 僕は『なぞ伝説』のページを繰る。『なぞ伝説』とは、我が国に古くから伝わるなぞをまとめた本

で、レイトン先生の助手を名乗るならば必読と渡されたものだ。

 今日中に読み終えて先生に感想を言わなければならないのだが、まれているのは、タンス

のなかに隠れている小さなおじさんの話や、机になったり麦になったりして転生てんせいを繰り返すカ

5

5

エルの話。どちらかというと、なぞとも言えないようなかわいい話のオンパレードだ。

 手に汗握るような、もっとおどろおどろしいなぞはないものか。ぶつぶつ言いながらぺージを

めくっていたら、ふとある記述が目に飛び込んできた。

 

『夜になるとその城はさまよい歩く。

 空には二つの月、煌々こうこうとまたたくやみのはざまに、城はひっそりとたたずむ。

 あるときにはそれは、海の上に姿を現す。

 無数のきつねが波間に漂い、そびえる城を不気味に照らし出す。

 城の尖塔せんとうには、青白い火がいくつもともっている。

 セントエルモの火。

 ひょっとしてそれは、あらしの海をしずめるために聖エラスムスがともした火なのだろうか。

 いや、そうではない。

 それはのろわれた。なぜならみちびかれて進んだ船は、なんしてしまうから。

 船が沈むまえに、城からは奇妙な、しかし世にも美しい歌が流れてくる。

 いにしえより歌いがれてきたバルド(ぎんゆうじん)のじゅ。あるときはかそけく、あるいは強

おびやかすように、やみふるわせる。

 不死のバルドは、城とともに永遠にさまよい続ける。

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6

 いまは亡き恋人のたましいを探し求めて。

 人々はその城を、さまよえる城と呼んだ————』

 

「さまよえる城」か。

 いかにもこの国にありそうなでんしょうだ。月と城と幽霊ゆうれいと、すべて登場する。

なぞ伝説』にまとめられた話は、すべて真実だとレイトン先生は言う。だけどほんとうにそん

なことがあるのだろうか。さまよえる城も、転生てんせいするカエルも、タンスのなかにいる小さなお

じさんもすベて真実だなんて、そんなたわごとを信じろと言う方が無理ではないのか。

 僕は溜息ためいきをつき、草の上にごろりと横になる。

 お弁当のサンドウィッチでおなかもいっぱいだし、風ははだをくすぐるように心地よい。僕は

幸せで、『なぞ伝説』のことなどどうでもよくなってしまった——

 はっと目をあけた。

 ものすごく寒い。一瞬ここはどこなのかと思ったが、ウィンストン・ヒルであることに間違

いない。いつのにかうたたねをしていたようだ。むき出しの手足が氷のように冷えている。

少し眠っただけでこんなに寒くなるなんてと、僕は身体をぎくしゃくさせながら起き上がっ

た。

 ふっとあたりが暗くなった。

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「おお、ワルバラ平原に行ってくれるのか、レイトン君!」

 シュレーダー博士は両手を握り合わせ、白いひげまった顔に、感謝の色を浮かべた。

「そのつもりです。さまよえる城の話は、ノースランド地方のでんしようを集めた『なぞ伝説』のな

かにもありましたし」

 シュレーダー博士は、ノースランド地方の大きな地図を取り出し、テーブルの上に広げた。

 レイトン先生がピンでしるしをつけながら言う。

「マクルーハン氏はきようのグレンストウへ向かう途中で姿を消した。理由は途中のヮルバラ

平原で空に浮く城を見たから。この直近で列車が止まるのはダンヴィル駅。したがって、彼が

いる可能性のもっとも高いのがダンヴィル駅周辺ということになりますね。列車から飛び降り

たとしたらっている可能性もあります」

 シュレーダー博士はまゆをくもらせて言った。

「わしもそれを心配しているのじゃよ。無事でおってくれればいいのじゃが」

 レイトン先生がきっぱりと言った。

「ご心配は無理もありません。一刻も早くわたしが現地に行って、調べてみましょう。マク

ルーハン氏がダンヴィル駅周辺で見つからなかった場合には、グレンストウまで足を延ばして

調べてみます。きように戻った可能性もありますからね」

「先生! あの、僕も一緒に行っていいですか」

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 おそるおそるレイトン先生にくと、にっこり笑って言った。

「もちろんたよ、ルーク。さまよえる城を見たのはきみじゃないか」

 そうと決まればぜんは急げだ。旅のしたくをするために、僕とレイトン先生はシュレーダー博

士の研究室を出た。

 車に乗り込もうとしたとき、僕は強い視線を感じ、思わず振り返った。だが、そこには犬を

連れたご婦人が歩いているだけで、怪しげな者の姿はどこにもない。なんだろう。今日は神経

質になり過ぎているのだろうか。

 レイトン先生はおっとりして見えるが、いったん決めると行動が早い。帰りがけにロイヤル

ガーデン駅に立ち寄り、モレントリー急行を予約し、古道具屋を訪れ、携帯けいたい用のチェスばんを入

手する。あとは非常食のためのクッキーを買う。ノースランド地方は寒いからと、僕にうさぎ

の毛でできた耳当てまで買ってくれたのは、気がきすぎていると思うが。

 シュレーダー博士からは、マクルーハンさんとまぼろし覯本こうぼんこくじゆの書』の名はできるだけ

出さないようにとの注意を受けていた。マクルーハンさんが人生をけて手に入れようとした

まぼろしの書の存在を、僕たちが周辺をかぎまわることで、他の人間にられてはいけないから

だ。やせぎすで神経質、どこかうれいを含んだ男というのが、シュレーダー博士のマクルーハン

像だ。ちょっと手がかりが少なすぎるような気もするが、かたない。

 あちこちに寄り道をしたので、レイトン先生の研究室に戻ってきたときには午後九時をまわ

27

27

っていた。

 建物に入ろうとしたときのことだ。ハンチングをかぶった男が、突然レイトン先生に体当た

りをしてきた。

「なにをする!」

 男はレイトン先生の持っていたかばんをひったくろうとする。先生はすかさず男のあごきを

食らわせた。男は一瞬よろけたが、すぐに体勢を立て直すと、だつのごとく逃げ出した。

「待て!」

 僕は叫んだが、男は逃げ足が異様に速かった。

 レイトン先生は男の後ろ姿を、目を細めて値踏みするように眺める。

「身のこなしがはんでなく軽い。いったい何者だろう」

かばんねらっていたように見えましたが、ひったくりでしょうか。ロンドンも物騒ぶつそうになりました

ね」

 それにしても、レイトン先生のとっさのきはあざやかだった。フェンシングの腕前が競技

選手なみだとは知っていたが、これならば格闘技もかなりいけるなと思った。

 用心のため、まわりを油断なく見まわしながら階段を上り、研究室前のろうにさしかかった

とき、僕はぎょっとして足を止めた。

 ドアの前に座り込み、片膝かたひざをたてて、鍵穴かぎあなから室内をのぞき込んでいる男がいるではないか!

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“What are you doing!?”

“Wait!”

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中をのぞくだけではない。ドアノブをがちゃがちゃといじって、強引にあけようとしている。

泥棒どろぼう!」

 僕はとっさに叫んだ。

 男は、はっとこちらを振り向く。逃げ出すかと思いきや、きょとんと僕のことを見ている。

といっても表情はまるでわからない。真ん丸な黒い眼鏡めがねをかけているので、眼球がまったく見

えないからだ。何者だろう。あのひったくり男の一味だろうか。

 だが眼鏡めがね男を見たとたん、レイトン先生が叫んだ。

「なんだ、ジェレミーじゃないか!」

 ジェレミーと呼ばれた男は、よろけながら立ち上がった。レイトン先生も長身だが、それよ

り頭ひとつぶんくらい大きい。ひょろっとせていてはだが白く、めったに散髪をしないのか、

肩まで黒い巻き毛が伸びている。

 彼はべこべこにへこんだシルクハットをわずかに上げ、おどおどと笑った。

「や、やあ、レイトン。元気かい」

 レイトン先生よりかなり若そうだが、なぜか呼び捨てである。

 僕は少しむっとしたが、レイトン先生は少しも気にしていないようすだった。

「久しぶりだね。突然どうしたんだい」

「実は宿しゆくを追い出されてしまってね。それというのも、部屋代をたいのうしてしまって」

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He was notではない justだけ peeking覗く inside. He was rattlingがちゃがちゃ and tinkering withいじって the door knobドアノブ, tryingうとしている to force強引 it openあけよ.

Thief泥棒!”

I yelled叫んだ instantlyとっさに.

The man looked over his shoulder振り向く in our directionこちら with a startはっと. I thought思いきや he was going to run away逃げ出す, but instead he looked見ている at me dazedlyきょとん. Although I should sayといっても, his expression表情 was completelyまるで unreadableわからない. Becauseので he was wearingかけている round真ん丸, dark黒い glasses眼鏡, his eyes眼球 were completelyまったく invisible見えない. I wonderだろう who何者 he is. Could he beだろうか from thatあの gang一味 of snatchersひったくり男 = purse snatcher?

Howeverだが, as soon asとたん he saw見た the bespectacled眼鏡 man, Professor Layton shouted叫んだ:

“What the— If it isn’t Jeremy!”

The man calledと呼ばれた Jeremy stood up立ち上がった, staggeringよろけ ながら. Professor Layton was a tall man長身 too, but he was about a head tallerそれより 頭 ひとつぶん くらい 大きい than him. He was lankyひょろっと瘦せていて and white-skinned膚が白く, and his black黒い curly hair巻き毛 grew伸びている down toまで his shoulders, as if he rarelyめったに gotしない a haircut散髪.

He slightlyわずか tilted上げ his batteredべこべこにへこんだ silk hatシルクハット, and laughed笑った nervouslyおどおど.

“H-hi, Layton. How are you doing?元気かい

Even thoughだが he looked fairlyかなり younger若そう thanより Professor Layton, for some reasonなぜか he addressed him without his title呼び捨てThe novel here is talking specifically about the Yobisute, which refers to the way people address each other in Japanese. The Yobisute is an absence of honorifics like -san or -kun, and is considered impolite.

In a non-Japanese setting, it could be roughly translated as Luke pointing out that Jeremy did not call him “Professor Layton,” like he would have expected.
.

I wasした a little少し peevedむっと, but Professor Layton did not seem to mind気にしてい at all少しも.

It’s been a while久しぶりだね。. What’s the matterどうしたんだい, all of a sudden突然?”

The truth is 実は, I was evicted追い出されてしまって from my lodgings下宿. That’s becauseそれというのも I’ve fallen behind滞納してしまって on my room rent部屋代.”

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 ジェレミーさんは消え入りそうな声で言い、悲しげにうつむいた。ほこりだらけのフロックコー

卜は、すそ袖口そでぐちがすり切れている。身に着けているものは上等なのに、ひどくみすぼらしく

見える。知らずに街で彼に出会つたら、浪者ろうしやかと思うだろう。

「とりあえず、中に入らないかい」

 レイトン先生は眼鏡めがね男にみなまで言わせず、やさしく部屋にしようじ入れた。

 眼鏡めがね男の名はジェレミー・キャンベル。レイトン先生の友人にして物理学者。博士号はくしごうも持つ

ているらしい。

 このひとが物理学者だなんて言われてもぴんとこない。たしかにすごく独創的な感じはする

けれど。電気ショックで死体をよみがえらせるとかの、変な研究をしてなければいいが。

 彼はぱふっとソファに腰を落とし、クッションをひざに抱きしめ、ぼんやりとした様子でつぶ

やいた。

「ここのところ、おかしなことばかり起きるんだ。泥棒どろぼうに入られてお金を盗まれるわ、背中を

突き飛ばされて地下鉄のホームに落ちそうになるわ、外に出るたび誰かにけられるわ。も

う、いいかげん神経がおかしくなりそうだよ」

 僕はジェレミーさんにティーカップを差し出し、少し意地悪く言つた。

「気のせいじゃないんですか。泥棒どろぼうみたいなひとのところに、泥棒どろぼうが入るわけないですし」

「こらこらルーク」

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 レイトン先生にたしなめられて、僕は首をすくめた。

 レイトン先生は心配そうにジェレミーさんに言う。

「ひょっとしたら、きみの研究をねらっているやつがいるんじゃないのかい。きみはグレッセン

ヘラー・カレッジきっての天才だったからね」

 レイトン先生の言葉に、僕は口をぽかんとあけた。

 天才だって? この真ん丸な黒眼鏡めがねをかけた、ぼさぼさ頭の浪者ろうしやのようなひとが。物理学

者というだけでも信じがたいのに、大学きっての天才とは。

 日ごろからレイトン先生に、人間を外見からのみで判断してはいけないと言われてきたが、

人間は外見と内面がいちじるしく違うこともあるのだということを証明するための、ジェレミーさ

んはかっこうの材料になるかもしれない。

「でも、僕の研究を盗んだところでどうしようもないと思うけどなあ。きみも知っているとお

り、僕は金になる研究をまったくしてないんだよ」

「それはきみが思っているだけで、他の連中はそう判断していないかもしれないよ」

「そうかなあ」

 ジェレミーさんは首をかしげると、ずずずと音を立てて紅茶をすすった。

 彼の指先はとても細くて華奢きやしやだ。そのせいかカップを持つ手があぶなっかしく見えて、レイ

トン先生お気に入りのソファに紅茶をこぼすんじゃないかと、僕はハラハラしながら見ていた。

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 レイトン先生はジェレミーさんに言った。

「わたしたちは明日から調査のためにノースランド地方に行くんだけど、よかったらその間、

ここでばんをしているかい」

「ノースランド地方だって?」

 ジェレミ—さんはとんきような声で叫んだ。そのとたん、カップが揺れて中の液体が手にか

かった。

「わっ! あっ!」

 ジェレミーさんはあわてて、カップを持つ手を放してしまった。

 ガシャンと、床の上で派手な音をたてて、カップが割れた。

 僕はぼうぜんとした。あんな局面で手を放すひとがいるだろうか。信じられないほどの、おっち

よこちょいだ。レイトン先生お気に入りの、高価なウェッジウッドのカップが、ただの土くれ

 を焼いただけのかけらになってしまった。

「わわわ! レイトン、す、すまない!」

 ジェレミーさんは床に手をついていずりまわり、あわててカップのかけらを拾い集めようと

する。

「あいた!」

 どうやらかけらで指を切ってしまったようで、指を口にくわえる。

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「いや、いいんだ。ジェレミー。座っていてくれよ」

 ジェレミーさんを制し、モップで床をこうとするレイトン先生の手から、僕はあわててモッ

プをひったくった。こんなことを、敬愛する我が師にさせるわけにはいかない。まったく、ジ

ェレミーさんのおかげでひと騒動だ。

「あああ、すまない、レイトン。僕はいつもこうなんだ。なにかするたびきみに迷惑ばかりか

けてしまう」

 ジェレミーさんは指をくわえ、床にしゃがみ込む。

 レイトン先生はそんなジェレミーさんをながめ、ぷっと吹き出した。

「きみは変わらないねえ。でも、そんなドジなところがきみの持ち味じゃないか」

「そう言ってくれるのはきみくらいのものだよ、レイトン」

 ジェレミーさんは悲しげにかぶりを振り、小さな声でつぶやく。

 レイトン先生はジェレミーさんを立ち上がらせ、ソファに腰掛けさせた。

「そこでゆっくりくつろぐといいよ。で、ノースランド地方がどうしたって?」

「ノースランドにがいるんだ。僕をかわいがってくれたひとでね。いまとなってはただひ

とりの身内なんだよ。しばらくそこに行っててもいいかなと思って。あまりに気味の悪いこと

が続いたのでね」

「ふむ。ロンドンはなにかとげんが悪そうだからね。転地して気分を換えるのもいいかもしれな

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いね」

 ジェレミーさんはもじもじして言った。

「そこでだ、レイトン。まことに申し訳ないんだが、ひとつ汽車賃の方を用立ててくれないだ

ろうか。のところに行ったら、すぐに返すから」

 レイトン先生は苦笑まじりに言った。

「わかってるよ、ジェレミー。金のことは気にしないでいい」

「そうだ! きみたちもよかったらの家に一緒に行かないか。かなりろうきゆうしているが

由緒ゆいしよのある建物でね、考古学的見地からしても、なかなか価値のある代物しろものだと思うよ」

「目的地に近ければもちろん考えるが。ちなみに、さんの家はどこにあるんだい」

「グレンストウだよ。もっとも家は、街から離れた海沿いにあるんだけどね」

「グレンストウ!」

 僕とレイトン先生は同時に叫んだ。

 ジェレミーさんはきょとんとして、僕とレイトン先生の顔をかわるがわる見る。

「どうしたんだい。グレンストウになにかあるのかい」

「いや、わたしたちもひょっとしたらグレンストウに行くかもしれないと思っていたのでね、

ちょっとびっくりしたんだよ」

「ふうん。ところで、調査っていったいなんの調査に行くんだい。考古学的なぶつがグレンス

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トウで発見されたとか」

「まあそんなものだね」

 レイトン先生は言葉をにごした。シュレーダー博士との約束がある。いくら親しい友人でも、

おいそれと真相を明かすわけにはいかないのだ。

 ジェレミーさんは考え込みながら言った。

の住んでいるところにも、きみの喜びそうなぶつがたくさんあるよ。なんでもっと早く

に気づかなかったろう。あそこはきみにとって、宝の山になるに違いないよ」

3

  

  

  

  

  

 翌日。

 ロンドンのロイヤルガーデン駅に、レイトン先生、ジェレミーさん、そして僕の三人組は降

り立った。ロイヤルガーデン駅はロンドンでも有数の大きな駅で、プラットホームがいくつも

並んでいる。

 天井は鉄骨のドームで、警笛けいてきや人のざわめきが反響し、見知らぬ地へ旅立つ気分をいやがう

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The next day.

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第二章
闇の地下都市

Chapter 2
The Underground地下 City都市 of Darkness

 

 

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第三章
閃光島

Chapter 3
Flash閃光 Island

 

 

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第四章
からくりの城

Chapter 4
The Mechanicalからくり Castle

 

 

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 レイトン先生がジェレミーさんにく。

「それはどういった内容の研究なんだい」 

「うん。実験中、極低温状態にウランを置いたときに、ウランはまったく別の顔を見せた。ウ 

ランははんきょうせいだ。つまり鉄とは逆でりょくにまったく反応しない。ところが超低温状態にす

ると逆に超せいになり、浮くんだ」

「浮くんですか!」 

「これがいわゆるウランの二つの顔だね。相反あいはんするものが組み合わさったときに物質はとてつ

もなく強くなる。ウルロックは昔、閃光せんこうじょうでんりょくとウランを使ってそれをやってのけたと

言われている。だからそれを物理的に解明したいと思うんだけど、いまだ果たせないんだよ」 

「じゃあ、閃光せんこうじょうは昔は飛んでたけど、いまは飛べないんですか」

「うん。飛べないんだよ」 

「えっ、で、でも、そうしたら、僕がウィンストン・ヒルで見た城はどうなっちゃうんですか」 

 そのとき、またマクルーハンの声が響きわたった。 

「ほほほ。まだみなさんには正解がおわかりになってないようですねえ、ほほほ!」 

 ジェレミーさんがしきばんで、宙をにらんだ。

「どこにいるんだ。いいかげんに姿を現さないか、この風船野郎!」 

「ほほほ、わたしはもっともっと上層階にいます。早くなぞを解いてわたしのいるところまでい

261|第四章 からくりの城 ➊

Layton Sensei asks Jeremy-san.

“What kind of research content is that about?”

“Um. During experimentation,実験 just whenときに (we) placed uranium under extremely low temperature極低温 conditions,状態 uranium showed a completely different face.まったく・別・の・顔 Uranium is antiferromagnetic.反強磁性 That is to sayつまり to the opposite of iron鉄・と・は・逆・で (it) doesn’t respond at allまったく・反応・しない to magnetic forces.磁力・に Howeverところが if (we) are underにすると extremely low temperature超低温Temperatures below 0.01 K conditions状態 on the contrary逆に (it) becomes supermagnetic,超・磁性⚠️ The term used by the original Japanese text is not “superconductivity” (which would be written as 超伝導 or 超電導, but not 超磁性). What the novel uses means in the literal sense “super-magnetism,” which is not a combination of words used in science. Or, like, at all, as far as my Google search has shown me so far. (and) floats.”

“It floats?!”

“This is what are called uranium’s two faces. Just when things (which) are contrary combined,組み合わさった matter becomes unbelievably strong. Ulrock a long time ago, is said to (have)と言われている used Flash Castle’s electromagnetic force and uranium (and) succeededやってのけた (in achieving) this. (I) thinkと思うんだ that’s why (I) want to figure this outそれ・を・解明したい physically物理的に but, (I) can’t accomplish果たせない (this) yet.”

“Well, Flash Castle long ago was flying but, can’t (it) fly now?”

“Yes. (It) can’t fly.”

“Eh, b, but, in that case, about the castle I saw in Winston Hill, what has happened?”

At that moment, again McLuhan’s voice echoed.

“Hohoho. You all have yet to understand the correct answer it seems, hohoho!”

Jeremy-san grew angry, (and) glared at the air.

“Where is (he)? (Can’t he) show up姿を現さない already,いいかげんに that balloon風船 guy!?”野郎1. guy; fellow; chap; buddy​
2. bastard; asshole; arsehole; son of a bitch
——————————————
Meme translations of 風船野郎 by DeepL for your own amusement:
* “balloon-ballooner”
* “shithead who takes delight
  in balloon fights”

“Hohoho, I am on a much higher floor. Quickly solve the mystery (and) come to my location.”わたし・の・いる・ところ

Chapter 4, Part 1 | 261

らっしゃい」 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

262|第四章 からくりの城 ➊

Chapter 4, Part 1 | 262

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エピローグ

Epilogue

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ルーク、新しいなぞだよ」

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“Luke, this isだよ a new新しい mystery.”

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柳原 慧  Kei Yanagihara

東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。
第2回『このミステリーがすごい!』大賞受賞、
『パーフェクト・プラン』(宝島社文庫)にて2004年デビュー。
主な作品『いかさま師』『コーリング闇からの声』。

柳原 慧  Kei Yanagihara

Born in Tokyo, Japan. Graduated from Nihon University College of Art. Debuted in 2004 with “Perfect Plan” (Takarajimasya Bunko), which won the second “This Mystery is Amazing!” grand prize.
Main works: “The Swindler,” “Voices from the Calling Darkness.”

Many perplexing cases lie in store for Professor Layton,
the English gentleman in a top hat,
and his assistant Luke,
in the long awaited novelization of the hit detective game series!
Can you solve the mysteries!?

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